これらは経済の論理では説明されず、新農民運動の圧力やそのロビー活動の影響といわざるをえない。政府買上穀物は公共配給制度(PDS: Public Distribution System)のもとで全国に40万以上ある公正価格店で貧困層向けに買上価格よりも安く販売され、その逆ざやが政府補助金で補填されて財政赤字を増加させている。緩衝在庫が適正規模を越えているにもかかわらず、1990年代に入っても配給価格は据え置かれる一方、買上価格は上昇している。1980年代後半からはインドは穀物輸出を始めているが、貧困線以下の膨大な人口の存在を考えるとき、これは飢餓輸出とすらいえる。といって過剰在庫分を市場に放出して穀物の市場価格を下げることは貧困者には歓迎されても、市場化余剰を持つ農民の反発を招くだけでなく、逆ざやの拡大により財政負担を増加させることになる。在庫が累積する傾向が強い現状からして、経済論理からは適切とはいえない農業政策を採用せざるをえないところに、インド農政のジレンマがある。そして政治的理由からの膨大な農業補助金支出は、財政赤字ばかりか、農業生産に係わる市場の歪みをもたらして農業の国際的な市場競争力の形成を損なう可能性もある。さらに、農業部門における公的資本形成の減少という新たな課題を投げかけている。
4 農業固定資本形成からみた農業問題
4-1 財政赤字の深刻化
1970年代後半に規制緩和が進むに連れて、輸入増加による貿易収支の赤字も広がりつつあった。このときには既に農業関連輸入額は低下しており、また出稼ぎ労働者からの送金があったことから、インドの外貨準備高は比較的潤沢であった。たとえば1980/81年度の外貨送金は27億ドルであり、貿易赤字(1980/81年度は73.8億ドル)への重要な緩衝となっていた。そのために輸入についての規制緩和のトレンドは維持されたまま、それまでほぼ均衡を保ってきた国際収支構造を大きく拡散させていった(第1-10図)。そうしたなかインドは、1979/80年の不作(穀物生産の前年比マイナス17.6%成長)と第二次石油危機を契機とする経済危機にみまわれることになる。