それまでの国民会議派とは異なり、ジャナタ党は脆弱な政権基盤からポピュリスト的性格の強い政策運営をおこなった。この時期に農業優遇、それも商業農民の利益を念頭におく政策が採られることになる。州政府レベルでは、新農民運動の影響はさらに顕著であった。ただし新農民運動は非党派性を保ち、その要求に従い支持政党を変更するという典型的なレント追求型のロビー活動をおこなっている。そして農民運動が選挙結果に直裁的に運動するようになると、政府も農民の利益に抵触する政策採用に及び腰になる。その結果、穀物緩衝在庫が適正規模を越え、また財政赤字が深刻化しているにもかかわらず、補助金の削減が遅々として進んでいない。6
しかしながら既にみたように、市場ネクサスの程度は、農村階層によってもまた地域によっても相当の濃淡をもっている。そのために、単に「都市」対「農村」という枠組みだけではなく、農民運動も多様化していった。ここしばらくのインドの総選挙では地方政党が躍進しているが、これも農業についての多様化した利害関係のひとつの表出と捉えることができよう。かつての国民会議派の一党優位は終焉し、インドは連立の時代に入って政治的混迷が続いている。そのひとつの理由が、農業問題への対応から派生した利害対立であるとすれば、インド政治の混迷は容易には解消されないであろう。
穀物の市場価格の上昇は「リカードの成長の罠」問題を顕在化させるばかりか、消費者の反発を招いて政治変動につながる。といって穀物の物庭先価格の低下は商業農民の反発を招き、政治不安につながる。そこで生産者と消費者という利害が対立する階層の狭間にあってポピュリスト的政策運営を余儀なくされている政府は、緩衝在庫が史上最大となり過剰在庫が懸念されているにもかかわらず、穀物庭先価格を一定水準に保つために大量の穀物買付をおこなわざるをえなくなる。政府緩衝在庫は1980年から1997年の平均(1月1日基準)で1721万トン(標準偏差626万トン)であり、最大時には3654万トン(1995年6月)にも達している。この間の穀物生産高が15310万トン(標準偏差1738万トン)であり、また穀物の市場化率が約4割であることを考えれば、緩衝在庫の大きさが理解できよう。