州別にみた土地生産性は、灌漑設備の整った地域を中心に緑の革命が普及していったことを示唆している(第1-7図)。その結果、英領インド時代に用水路網が整備されていたパンジャーブ州、ハリヤナ州そしてUP州西部というインド北西部に穀倉地帯が形成された。緑の革命がひとまずの普及を見た70年代後半(1978/79年)についていえば、全インドの耕地面積の5.5%を占めるにすぎないパンジャーブとハリヤナ両川は、全国の小麦生産の25%、米の10%近くを生産している。緩衝在庫や貧困階層への低価格販売のための政府買上穀物量のうち、このふたつの州は、小麦と米をあわせて70%前後を供給している。まさにこの地域がインドを養っているのであり、インドの食料安全保障の要となっていった。
緑の革命が地域的に偏ったことは、地域格差の拡大を意味する。緑の革命前を含む4期間で州(主要15州)別の1人あたり穀物生産量の変化をみてみよう(第1-3表)。パンジャーブとハリヤナ州(1966年に旧パンジャーブ州が分離してふたつの州となる)が急速な穀物余剰の増加を見せている。その結果、このふたつの州は、格段の工業地域をもたないにもかかわらず、インドでは最も高い1人あたり所得水準を誇っている。1人あたり穀物生産量の変動係数も、緑の事命前の36から現在は80近くまで高まっており、州単位でみた市場化余剰に大きな格差が生じている。その結果、緑の革命の前後における州間の穀物移動(第6・7列)を比較すると、パンジャーブ・ハリヤナそしてUP州という緑の革命が普及した地域では移出が大幅に増加して、他の州では総じて移入が増加している。灌漑率の高低が、この変化の主たる説明要因であることはいうまでもない。
第1-8図は、緑の革命がある程度の進展をみた時期において、北西部の先進2州と最貧州の名に甘んじているビハール州について、土地所有者と農業労働者の1人当たり支出の分布(所得分布と近似)を比較している。いずれの州においても土地所有者の所得が農業労働者のそれを上回っているのは、よく指摘される地域内における階層間格差を表している。しかしより注目すべきは、インドの農村人口の約3割を占めるとされる農村最貧層の農業労働者についてさえ、北西部の農業労働者の支出分布はビハール州の土地所有者のそれにほぼ重なっていることである。