連載 笑う門に福来たれ
川 『江戸のこばなし』より No.4
「もし、旦那さま。今日、お使いの帰りに、両国の橋の上から変な人を見ました」
「どんなやつだ?」
「うつむいたまま、手足を使わずに、どんどん川下へ泳いで行きました」
「馬鹿め!そいつは土左衛門さ」
「なァーんだ。旦那さまのお知り合いのお方でしたか・・・・・・」
(『拍子幕』寛政年間一七八九-一八一二年頃刊)
● 享保年間(1716〜36年)に成瀬川土左衛門という太った体形の力士がいた。いったん川底に沈んだ水死者が、一昼夜ほどたつと体内にガスがたまって再浮上するが、その時の膨れ上がった体形が、この色白の土左衛門の体形に似ていたことから、水死者のことを土左衛門と呼ぶようになったという。夏、海や川に魅かれる季節だが、くれぐれも事故には気を付けよう。
● 江戸時代、町人の間で広く愛された「小咄(こばなし)」。短い話の中に人情や世相の機微を取り込みながら、おもしろおかしく結末を結ぶ。世の中ははるかに変われど、当時のこばなしは、時空を越えて現代の私たちにも粋な笑いやペーソスを届けてくれる。山住昭文氏による著作から毎回連載でお届けする。
● 『江戸のこばなし』(定価1100円) 山住 昭文著
原作の味わいを残しながら、現代の読み手にもわかりやすく手を加えた軽妙な文章の1冊。筑摩書房から好評発売中。