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ービスとして、公的に提供される在宅ケアサービスなどは、どこにも存在しなかったからである。行政にとっても関心の対象外であったし、市民もホームヘルパーに自宅へ来てもらって、家族の介護負担を軽減するということなど想像もできなかった。行政だけでなくアカデミズムを含め福祉関係者の間でもこのニーズについての関心はほとんどなかった。

ではなぜこのニーズが近年急速に浮上したか。当時の政権が消費税導入を契機に選挙で大敗し慌てふためいて指示し、厚生省内の革新的な官僚たちが、急ごしらえで作りあげた「ゴールドプラン」によって、はじめて「在宅三本柱」(ホームヘルパー、デイサービス、ショートステイ)なるものが登場したからである。そしてわずか七年の間に、ホームヘルパーがゼロから十七万人になり(それでも不足だといわれるようにまでなった)、当時は思いもよらなかった介護保険制度まで登場した。

もちろんこれ以前にも悲惨な在宅の「寝かせきり老人」も「介護地獄」も介護殺人や老病心中も、実際にはあまた存在した。存在したが世間体に代表される抑圧構造と、福祉の世話になるのは恥という、行政に課せられたスティグマ(社会的汚名)による何重もの厚い壁の中に塗り込められ、ニーズがニーズとして現れなかっただけである。

ではこのような人々は、その切実な本当のニーズ(必要性)をどうやってしのいでいたか。先の事例にみられるように、福祉行政はほとんどこの要求に応えようとしなかったから、人々は相当な高額でも自己負担さえまかなえれば、すぐに引き受けてくれた「老人病院」へ親をあずけた。福祉施設よりも病院の方が世間体をかわしやすいという利点もあったのだろう。「老人病院」はその後急速に増え、その結果起こった惨たんたる「寝かせきり老人」の再生産はご承知の通りである。しかし「老人病院」という一種利用しやすい受け皿があって、はじめて高齢者介護ニーズは、「ニーズ」として表面化したのである。「ニーズ」-サービスヘの要求は、まさにサービスの受け皿があってこそ顕在化するのだ。

しかし紙数の関係で詳述できないが、「介護地獄」に本来的に対応すべきであった福祉行政のサービスは、これまでは先の尼崎事件にみられるように、行政側の姿勢も厳しく抑制的だったが、庶民にとって

 

 

 

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