伊藤 これは難しい問題です。先ほど、他者とのかかわり、つまり、いろんな人間関係を持つことが欠けているのでは、と問題提起をしたのですが、考えてみますと、今の親たちを育てたのが敗戦直後に子どもであった人たちですね。あのころの家庭は、昔からこうやっているんだとか、人に会ったらあいさつをしなさいとか、親に心配かけるなとかと、子どもたちをしつけていた。ところが、親たちがしつけをしようとすると、子どもたちに反撃を食らった時代じゃないですか。「お母さん、それは古いよ」とか、あるいは「お父さん、それは封建的だ」、「学校の先生はそう言っていないよ」となってきて、親たちがしつけなり、家庭教育なり、あるいは価値観の伝承について、すっかり自信を喪失し、有力な他者である親たちの影が薄くなってしまったころの子どもたちですね。その子どもたちが今の親たちを育てたのでしょう。さらに、鈴木さんが指摘した背景として、今の親たちが子どものころは、「よそのおじさんに声をかけられたら、絶対に相手にしないで逃げてきなさい」という時代ですから、近隣社会からも他者が消えてしまった。
また、喫茶店に行っても、みんなと会話をするわけでなく、それぞれが無関係で漫画を読んでいた若者たちが大人になったのですから、いろんな問題があるのですね。
理屈っぽくなってすみませんが、基本的にいいますと、その原因は日本の戦後の教育に問題があった。
戦後教育の原点となった教育基本法はヒューマニズムをベースにした人格教育を掲げているのが特色です。
ヒューマニズムは、キリストという絶対的な神があって初めて人間なり、個人の尊重が成立する思想です。教育基本法もヒューマニズムを用いるのだとすれば、当然「対」になる絶対の存在がなければいけないのです。教育基本法をつくったときにはまだ教育勅語があったので、これが対になる絶対の存在というふうに当時の方々はお考えのようでした。教育基本法ができた後に教育勅語が廃止になったのですから、突っかい棒がなくなっちゃった。
結果は、個人の尊厳だけがひとり歩きをして、正義や公正さを忘れ、自己抑制力のない、自己中心的な人たちが出てきた。教育勅語を復活しろという意味じゃなくて、対になる、人間の心のブレーキになる絶対の存在を持たなかったところに戦後の教育の宿題があるのだという意味です。
ですから、個人の尊厳の一人歩きの結果、社会全体や他人のことを考えずに、専ら個人の利害損失を優先するようになったんだろうと思います。この線から、絶対なもの、畏敬するもの、というその種の絶対の存在を考えていかなければいけません。
青少年施設とは、その意味では、大自然を組み込んで畏敬だとか、絶対を認識させうる活動プログラムの開発が可能なんですからね。戦後の教育が持っている問題点をもしそこに置くのだとすれば、青少年施設としての一つの対応策が出てくると思います。
大自然との葛藤の体験が子どもを変える
五十川 今の伊藤先生のお話のつながりなんですが、子どもたちがある種のカルチャーショックといいますか、ある種のプレッシャーを受けて変わっていくという場面が我々のプログラムの中、あるいは事業の中に見えるんですね。