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また、同じ時期に長春にある「満州国」国務院の建物(現ベチューイン医科大基礎医学院の教学ビル)に見学に行った。この観光ポイントは'94年までは看板も説明文もなかったが、94年末から一階に「偽満州国務院旧祉参観」が新設され、正門の脇に中日両国の言葉で内容紹介が書かれている:1]「偽満州国総理大臣張景恵の執務室。2]「満州事変(9・18)を忘れるべからず」というテーマの写真展。3]ラストエンペラーの閲兵台。4]病理人体標本陳列館。5]お土産店。

入場券は外国人20元で、中国人8元。入場券の裏面の簡単な説明文が中国語、英語、日本語で書かれているが、ただ、中国語で「偽国務院旧祉」のところを、英語は「Former Puppet State Council」で、日本語になると、「元“満州国”国務院」となっている。*11

 

*11 ただし、98年10月に同地を再び訪れたとき、入場券のデザインが変わり、英語の説明は消え、日本語は中国語と統一して「偽満州国」と訳されていた。

 

案内役を担当する人は皆大学で日本語を勉強する二十才前後の大学生である。見学者は日本人がメイーンで、シンガポール人や、台湾人もいる。忙しいときは一日二百人の団体も訪れるという。「満州事変」についての写真展は量的に少なく、ただ執務室の出口の廊下に散在している、江沢民氏による題辞「勿忘九・一八」も展覧写真の一番最初に大きく飾られている。執務室の中に入ると、半分は当時の配置を復元し、壁に「偽満州国」の実質や「張景恵」*12という人物についての説明文がある。もう半分は外国人用のお土産に埋め尽くされている。骨董品、漢方薬、掛け軸など、中国人観光客が手が出せない高い値段が付いている。これらの商品は中国の他地域にある外国人用のお土産店にもよく見られ為ここに特有なものというと、「新京の昔の地図」や「満州時代」の古い街並みのはがきなどである。日本人の観光客に一番人気が高く、すぐ売り切れると言われている。

 

*12 1935年から終戦まで「満州国」二代目の総理大臣を務めていた人物。

 

ここで、「ポストコロニアルな状況の中で、コロニアルな記憶を想起することとは、いかなる営みなのか」という富山の問題提起を思い出す必要がある(富山、同上)。太田好信は沖縄を例に、「本土化の犠牲として沖縄文化を語ることは、沖縄の人々の創造的な主体性を否定することになること」と指摘し、「ホスト」と「ゲスト」の間の力関係は固定的なものではなく、ホスト側はいつまでも受け身的にゲストのまなざしを押しつけられているのではなく、逆にゲストのまなざしを流用することも可能だと論じた。「流用とは、ブリコルール(器用人)が行う文化的創造といえよう。支配的な文化要素を取り組み、自分にとって都合のよいように配列し直し、自己の生活空間を複数化(pluralize)してゆくのだ。それは整序され文法化された社会空間を意図的にズラし、そこに新たな意味をみいだす、いわゆる「意味産出実践(signifying practice)」である」*13。富山一郎も同じような見解を示し、「こうしたツーリズムにかかわって展開する他者の表象は、単にイメージを一方的に押しつけられていくのではなく、そのイメージを受け入れながらずらし、新たな文化創造を導こうとする文化の『流用』という戦場でもある」と語った(富山、同上)。

 

*13 太田好信、『トランスポジションの思想--文化人類学の再想像』、世界思想社、1998

 

 

 

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