当然、そのときに、我々はスペイン国旗が翻っているとみるわけです。ところが、あそこにはほとんどスペイン国旗が翻っていなかったという現象がありました。何が翻っていたかというと、バルセロナが属しているバレンシア地方の州の旗なのです。つまり、どこに所属しているかということになると、現在ではスペインというネーションステートに所属しているというよりも、バレンシアという地方に所属している、あるいは共同体感覚というものが非常に強まっていっている時代ではないか。そして、それがあるから、逆にいうとEUが統合されても混乱が起こらない。極端にいうと、スペインという国はなくなってしまうかもしれないけれども、バレンシア地方は、あるいはそういうアイデンティティーの場はなくならないということが、そこに生きている人々の、我々は何のために生きるのか。そして、最後に頼むべきものは何なのかということを問い直さなくてもいいような強さを生んでくるのではないか。これがない国は、逆にいうと非常に弱い国になってしまうのではないかと思います。
例えば、つくった国というのは自然に、長年にわたって、そういうアイデンティティーの核というものが形成されてきた訳ではありませんから、無理やりつくったようなところが出てきます。シンガポールという国に関しては、ああいう小規模の、 200万人ぐらいしか人口がいませんから統治がうまくいくし、その国を統合するアイデンティティーもうまくいっているという言い方を、このレポートの中でされていましたけれども、私は、必ずしもそうとは思いません。
最近、20年間ぐらい、特にこの10年ぐらい、シンガポールではやっている若者の歌というのは、全部アイデンティティークライシスの歌なのです。国が豊かになった。大学もみんな出るようになったというけれども、我々は、その結果として何者になったかというものです。リー・クアン・ユーが主張してきたのは、我々はシンガポール人になろう。マレー人でも、中華人でも、ジャワ人でもなく、シンガポールという新しい国をつくって、シンガポールにアイデンティティーをもとういうことであり、そこに、彼が国を率いてきた、1960年代からの20年というのがあると思うのです。
ところが、この数年、10年近くにわたって、国の中にアイデンティティークライシスというものが起こっている。青年たちの歌はみんな、我々は何者なのかわからなくなってしまったと。しゃべっているのは英語だし、食べているのもジャンクフードのようなものになってしまって、団地に住んで、毎日、地下鉄で通っていく。そして、世界のショッピングモールのようなところで働いている。我々は何のためにここで働いているのか。もし金をもうけるのだったら、アメリカに行ってもうけた方がいい。学問をしたいのだったらイギリスに行った方がいい。別に、シンガポールにいる必然性、シンガポールにこだわる必然性もなくなっているということになると、知力のある人々の方がどんどん外に出て行ってしまう。そうすると、シンガポールのアイデンティティーというのは非常に希薄になってしまった。この危機感が、リー・クアン・ユーをして、アジア的価値観、アジアンバリューという言葉を特に儒教的な意味で言い始めさせた。