ただし、グローバルスタンダードには、国際条約できちんと結ばれるものもあります。例えば、予防とか、技術的であったり経済と直接関係ないような形のグローバルスタンダードというのは国際条約で結んでもらえますけれども、あとのグローバルスタンダードはディフェクトなグローバルスタンダードで、最初にやった方が勝ってしまうという事態であります。ですから、それに対する不満が高まってくることはあると思いますが、それにしても、それを受け入れない限り、自分たちの国が産業化しないとすると、産業化をあきらめるか、するかという選択にぎりぎり詰められると、やはりディフェクトでも何でも受け入れざるを得ない。
いい例が時計でありまして、これもディフェクトスタンダードで、クロックワイズと英語でありますが、右回りです。これは、時計が北半球で発明された証拠なのです。南半球なら、クロックワイズは逆になるはずなのです。ですから、こういうのをディファクトスタンダードで、逆に回る時計というのはみたことないのですが、南半球に対する北半球独裁であるといって怒る人もいないだろうと。私は、生来楽観論者ですので、そういうのもも関係していると思います。混乱は起こりますけれども、それほどの混乱ではないかとあえて申し上げたいと思います。
○モデレーター
その混乱があるのかないのか、あるいは歴史に学んで、どうしても世紀末から新しい世紀にかけて調整期があって、その調整が混乱になるのか、あるいは小波でおさまるのかという問題なのかもしれませんが、公文さん、もう一回、どうぞ。
○公文
第1に、私は混乱が起こると申し上げたのだけれども、それによって文明が崩壊するとか、歴史が終わってしまうなどということは全く考えていないのです。当然、第3次産業革命は進展するだろうと思います。しかし、先ほど申し上げたような種類の混乱は、まさに現状維持的な、保守的な志向がもらしたのであって、問題になることはわかっているのに、そのために今、お金を使うのは面倒くさいとか、そのうち何とかなるだろうと思っていて時間切れが来る。結果として今度の問題は起こります。同時多発で、世界じゅうで起こり、恐らく先進国でない国の方が被害は大きいでしょう。先進国よりも、むしろ中国などの方がずっと問題が大きくなる可能性はあります。しかし、これは自分の国だけで助かればいいという種類の問題でもないわけでして、よそが困るとこちらも困ります。ですから、その意味では、紛争にはなりにくいという性格のものではないかと思うのです。
ただ、それとの関連で強調したいのは、ハンチントンは文明の種類をたくさん分け過ぎていると思います。むしろ非常に単純に、2つに割ってしまって、近代文明とそうでない宗教文明、イスラムとか中華文明に象徴されるような文明に分けますと、日本は明らかに前者の方に入ります。そして、後者の特徴は、山内さんがおっしゃったように普遍主義です。自分たちの考え方が、そのまま世界に通ずるというか、そういうことで文明をつくっていく原理をもっている。