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スウェーデンの政府がけしからないかどうかは疑問の余地がありますけれども、それはもらうというわけです。それは、ナショナリズムがおよそないという感じがするのですが、そのときに彼は「ノーベル文学賞をもらったことは非常に喜ばしい。それは、私の名誉ではなくて、日本文学の水準が国際的に認められたことを意味する」といったわけです。しかし、ノーベル賞というのは個人に与えるもので、日本文学全体の水準を考えて与えたものではないわけです。彼にとっては、自分と日本というのは、別れられないぐらいにナショナルアイデンティティーが強いのだなと。それが反ナショナリズムになるというのは、その結びつきから非常におもしろいと思いました。むしろ、ナショナルアイデンティティーがあいまいな国ほど、リーダーはナショナリズムをあおらなければまずいのだと思います。多民族の国である中国もそうだと思います。孫文は、中国というのは砂のごとき大衆で、ぎゅっと固めておかないとばらばらになってしまうと。日本はもともと粘着性があって、モチ米みたいなものですから、まとめる必要などないというところがあるのではないか。これは、議論の大前提として分けておいた方がいいのではないかというのが第1点です。ですから、私は、松本さんには悪いのですけれども、アイデンティティーゲームというのは起こらないのではないか。そういうゲームを起こすほどのことではないのではないのではないかというのが第1です。

それから、第2の帝国の話ですけれども、現在は、古典文明は自己完結性を失ってしまっている。要するに、現代産業文明というのは、宗教とか 1,500年、 2,000年、あるいは 3,000年もたった文明をぶち壊す役割を果たしている。しかも、産業化すると生活が豊かになりまして、国が強くなりますから、よほど変人奇人を除けば、豊かで便利で快適な生活を好まない人はいないとなりますと、耐えがたい魅力がありますので、産業文明はどんどん浸透せざるを得ない。そうすると、伝統的な文化というのはどうしたって破壊されるのです。少なくとも耐久性を失うのです。その意味でも、アイデンティティーゲームというのは成立する環境はないと思っております。

それから、3番目の問題として、公文さんがいった混乱と関係するのですが、この混乱は、少なくとも先進民主主義国が協力している限り、恐らく20世紀のような大戦争という形をとらないだろう。私は協力すると思うのです。対立したり、憤慨したり、交渉する政府関係者が少し胃を悪くしているということはあるでしょうけれども、結局、全体的な自国の利益を考えた場合には、協力せざるを得ないということを理解できないはずはない考えます。先進民主主義国が協力していく限りにおいては、他の第2類型の国々のオプションは限られている。せいぜいテロをやる程度で、そのテロも相当危険ではありますけれども、技術が発達すればするほど危険性は高まりますが、2つの世界大戦のようなことにはならないし、冷戦のような厳しさもないのではないか。その点では、私は基本的に楽観しております。

 

 

 

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