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ちょっと長くなりましたので、私のコメントを以上で差し控えさせていただきたいと思います。ありがとうございました。

○モデレーター

ありがとうございました。

世界全体の流れの中で日本の問題、特にナショナルアイデンティティーの問題について大変鋭い分析をいただきました。これは、全体の議論の中でさらに深めていきたいと思いますが、これまで4人の先生方から伺いました議論を、これからさらに深めていくために、問題を2つに整理してみたいと思います。1つは、国家との関連において、先進民主主義国の役割という大きなテーマ。2つ目は、そういう全体の流れの中で、日本のアイデンティティーの問題、あるいは日本の役割の問題と2つに分けて議論を進めた方がいいのかなと思います。

そこで、まず第1の問題でお話を伺っていて、ぜひ伺いたいなと思いましたのは、佐藤教授の論文の中で、ステートとネーションが再び分離の方向に動き出しているかもしれないというくだりがありましたし、これに対し、公文教授は、国民国家の重要性というのは、これからますますふえる、ポストモダンということではないのだというご議論をされました。また、佐藤教授は、先進民主主義国の特性として、どちらかというと現状維持を志向するといわれたように思いますが、この点についても公文教授は、新しい世紀を迎えて、これから混乱期に入るといわれたように思います。

そうしますと、現状維持という志向と混乱期の発生という問題は、一体どのように整理すべきかという問題。それから、帝国論、あるいは松本教授がおっしゃったテリトリーゲームという問題と、これも松本教授がいわれたウエルスゲーム、あるいはアイデンティティーゲームというものと、グローバリゼーションというのが一体どういう意味合いをもつのか、もたないのか。そういう点について、もう少しご議論をいただいたらどうかなと。その上で、日本の役割などについて、次の段階でまたご議論をいただいたらと思いますので、そこについて、まず佐藤教授、あるいは公文教授から、とりあえずコメントをいただきたいと思います。

○佐藤

ごく短く申し上げます。

まず、議論の混乱を避けるために、ナショナリズムとナショナルアイデンティティーと一応分けて考えた方がいいと思います。ナショナルアイデンティティーというのは、ある政治的な塊に対して、自分は属しているという意識です。政治的、文化的な塊、人間の塊に対して属しているという意識で、ラフにいって、それが政治的に求心化するとナショナリズムになると考えたらいいと思うのです。

ところが、ナショナルアイデンティティーがないとナショナリズムを起こりようがないという面もありますけれども、逆にナショナルアイデンティティーが非常にしっかりしていると、求心化する必要さえない。日本は現在、そうなのではないか。例えば、具体的な例を挙げますけれども、大江健三郎という小説家がノーベル文学賞をもらったときに、日本政府が急遽、文化勲章をあげようとしたら、文化勲章を断ったのです。日本の政府はけしからんからもらわないと。

 

 

 

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