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ナショナルアイデンティティーについて、佐藤さんのレポートの中で6ページの3の4行目に「しかも、グローバリゼーションのもとでは、政府は能力を超えた役割を要求されるために、政府への信頼感は必然的に低下せざるを得ない。ところが、これはナショナルアイデンティティーの希薄化をもたらし、社会の統合を一層弱めるため、社会秩序を維持する責任はますます政府に押しつけられることになる。その結果、政府は一層能力を超えた役割を要求されることになり、政府への信頼感はさらに低下する。この悪循環から脱却する方策もまだ見出されてはいない」とあります。

ただ、アメリカという国を考えた場合には、このナショナルアイデンティティーは希薄化をしていくだろうかというと、あまりしていかないのではないかと考えております。ハンチントンの「文明の衝突」の中に出てくる言葉に、「アイデンティティーを模索し、民族性を再構築しようとしている民族にとって敵は不可欠なのだ」という言葉がありますが、逆にいうと、敵があればナショナルアイデンティティーは希薄にならないのです。いってみれば、韓国にとっては、日本というたたくべき敵があり続ければ、ナショナルアイデンティティーは希薄化しないわけであります。ところが、経済の失墜ということもありまして、日本と手を結ぶ、あるいは日本文化を受け入れるという状態になってきている現在においては、敵が消滅したにも等しいわけです。北朝鮮においては、まだ日本は敵でありますけれども、韓国においては、敵ではなくなりつつあるかもしれない。そうすると、逆にナショナルアイデンティティーは希薄化せざるを得ないという、まさにハンチントンがいっている敵は不可欠なのだということを論証できるかもしれないのです。

ところが、敵は不可欠であるということは、いってみればアメリカにのみ言える、アメリカの特殊性ではないか。つまり、かつてキリスト教であらざる者は人間でない、あるいは文明でないというような形ですべてを敵にして滅ぼすという考え方がありますけれども、リベラルデモクラシー、リベラルな民主主義に反対する者は敵であるという仮想敵を、例えばイスラムに想定して、その敵をたたくという形でありますから、敵を想定し続けられる限り、アメリカにおいてナショナルアイデンティティーは希薄化しないという特殊な国であろうと思っております。ところが、世界の国々のほとんどは、長い文化というものをもっております。文明によってつくられたものではなくて、文明が何回も滅びていっても、滅びない文化によってナショナルアイデンティティーを築き上げてきたり、認識してきたわけであります。

3番目においては、そういう意味で日本は、極端にいうと、戦後は敵をもたないという形での国づくりをしてきましたけれども、そこにおいては、ナショナルアイデンティティーはますます希薄化せざるを得ないのかどうか。そのときに、初めて文化というものが大きな意味をもってくるだろうと思いますし、そこで天皇制ではない1つのナショナルアイデンティティー。それは、天皇制でないナショナルアイデンティティーの軸はあり得るのかというならば、私は、天皇制さえつくった日本人の気概というもの、そういう歴史と、文化の上に乗った日本人の気概が、ナショナルアイデンティティーの基軸になり得るだろうと考えているわけであります。

 

 

 

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