この問題は、非常に大変な問題でありまして、いってみれば、先ほどの佐藤さんのレポートの中に、ステートとネーションとは違うのだという問題提起がなされておりましたけれども、ステートの中には、極端にいうと天皇は入らないと私は考えております。ネーションの中には非常に大きなものとして、あるいはシステムとして、そういう文化として残るだろうと考えておりますけれども、政府の中には基本的に、戦前はいざ知らず、戦後においては、ステートの中には天皇制は入らない。というよりも、日本の伝統的な形態とすると、天皇制はそういう政治権力、あるいは政治システムではなかった時代がほとんどでありまして、明治の憲法以後、七十数年間しかあらわれなかった特殊状況であろうと思っております。
これは、日本を先進的な民主主義国と名づけた場合に、その先進的な民主主義国の中における天皇制の位置はどうなのかという問題がすぐに出てくると思うのです。3年ぐらい前に、読売新聞が、読売憲法私案というものを発表しましたけれども、そこでは非常に大きな問題が提起されておりました。これは、一新聞社がやったことだといってジャーナリズムでは余り取り上げない、取り上げたくない、議論したくないという形で放棄されてしまったわけでありますけれども、実は大変な問題が提起されていたわけであります。これからのナショナルアイデンティティーの核は天皇制ではないということを宣言しているような憲法草案でありました。現在の憲法においては、第1章が天皇の地位、国民主権というように始まってくるわけでありますけれども、読売の憲法草案では、第1章が国民主権となっているわけです。天皇の地位、あるいは天皇制の問題は、第4章になってくるという非常に大きな逆転が展開されておりました。
ナショナルアイデンティディーの核としての天皇制を考えない。それは核ではないとするならば、では、これからのナショナルアイデンティティは一体何であるのかという問題が出てくると思います。これは戦争が負けに終わるときに、西田幾多郎が考えた1つのテーマでありまして、天皇制というのは日本民族の生きる形であるから、いってみれば郷土的な美意識に近い、非常にローカルなものである。つまり、もっと私の言い方にしてみると、これは文化であると規定されなければいけないのではないかと思うのです。
ナショナルアイデンティティーということが問われる時代になって、アイデンティティーゲームの時代が始まったと考えますけれども、そこでは日本の場合には、天皇制をどうするのかということがあります。現実的な問題にもう一歩進めてみると、例えば首都移転などということを考え出す人々は、その首都移転の首都のところに天皇制の皇居をもっていくのかどうかというようなことを考え詰めて、首都移転、あるいは首都機能移転ということを言い出しているのかといったら、だれもそんなことを考えていないのです。天皇が行くところにすべて皇居をつくっていけばいいというのは堺屋太一さんの考え方で、今、そうは考えておりませんといっておりましたけれども、そういう考え方が一時なされておりました。