日本財団 図書館


そこで、文明論の問題、あるいは歴史認識の問題等に関連して、大変活発な評論活動を続けておられる松本教授からお話を伺いたいと思います。松本教授は現在、麗澤大学国際経済学部の教授をしておられますが、それ以前から評論家、あるいは小説家として大変なご活躍でございますので、そういう意味で、我々、前々からお名前をよく伺っていたわけでございます。

今、山内教授から提起されました文明論という新しい側面を踏まえて、コメントをちょうだいできればと思います。お願いします。

○松本

松本健一でございます。「地球化社会と日本」というテーマで、先ほど佐藤さんから提出されたレポートに触れながら、3つのことを述べてみたいと思っております。

1つは、地球化社会と日本、あるいは地球化社会の中の日本というテーマは、グローバリゼーションの中で、日本とは何か。そして、民族の進むべき道は何か。あるいは、民族の固有性とは何かが問われる時代になっているということではないかと私なりに解釈しております。

私は、湾岸戦争以後というよりも、冷戦構造が解体してから世界史に始まっている新しい動向は、一般にいわれているようなナショナリズムの時代が再燃し始めたものだとは考えておりません。ナショナリズムの時代ということであるならば、国民国家というものが成立してくる1世紀半ぐらい前、1850年代ぐらい、つまり、中国でアヘン戦争が起こり、日本が開国をするという時期に、まさに世界全体がナショナリズムの渦に巻き込まれていったと考えておりますから、それ以来、ずっとナショナリズムの時代だといっていいと思うのです。ですから、現在の時代状況をナショナリズムの時代だ、あるいは再燃であると要約するのは、現代的な特質をよくとらえていない、あるいはとらえることができないような発想ではないかと考えております。

では、ナショナリズムの時代が1世紀半続いているといった場合に、その現在的な特徴は何であるかということについては、先ほど公文さんがおっしゃった近代国家、あるいはネーションステートというものが、まず第1に軍事力の増強、あるいは増大というような形で発展し始め、次には経済力が発展する。そして、現在の第3番目の段階とすれば、知力の増強という問題があらわれてきている。この3つの見解を述べられましたけれども、それにほぼ適合する考え方になろうかと思います。

いってみれば、日本においては、開国を強いられてから1945年ごろまでの国家戦略というもの、あるいは世界全体がそうだったわけでありますけれども、これはナショナリズムのうちのテリトリーゲームという特徴をもっていたと思うのです。国家が発展できるとするならば、それは軍事力を主体として、より大きな領土とたくさんの資源を手に入れた国が発展できるという考え方、戦略がテリトリーゲームであります。これが半世紀前まで続いていた世界史のベクトルであると言い切っていいと思います。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION