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他方、中国において申しますと、中国の場合は極めて自己中心的な世界観と独特な歴史認識をもっている、帝国の伝統を継承していることはご承知のとおりであります。しかも、中国の場合、特に日本との関係で複雑なのは、中国自身のある帝国的なベクトルというのは、対内的には明らかにチベットや新疆ウイグル、あるいはモンゴルといった要素に対する帝国的な統治の歴史、あるいは帝国的な領土の統合プロセスというものがあるにもかかわらず、そうしたことは一方において語られることはなく、対外的にむしろ、例えば日本との関係などにおいて、被害者、あるいは犠牲者という側面が強調されるという複雑性をもっているわけであります。

中国の観念というのは、1つには、伝統的に確固としたバウンダリー、あるいは国境というものをもたないというような歴史観と関係してくると思います。英語でいえばフロンティアという言葉がありますが、これに相当する辺境という言葉があります。つまり、具体的にある確定された国境線というものを、中国は歴史上、王朝の歴史においてほとんどもつことがない。したがって、対外的にいいますと、外への膨張や発展というようなものが、いわば中華思想と結びついたある種の広がりを示していくわけであります。

ところが、一方、中国には、今日、こういうグローバリゼーションの時代におきまして、国際経済のボーダレス化、あるいは発展というようなものとちょうどきびすを接するようにして、海外における華僑や華人を核とした海外の経済圏などを包み込んだ、ある種の広域的な世界というものをさらに形成するような動きがあります。これは、いってしまいますと、中国史を通して潜在的にずっと存在していたある帝国というようなものが、経済を通してさらにより具体化された形で帝国の形成に向かう可能性が高いということでありまして、このことが、きょうの佐藤先生のご発言の趣旨である第1類型、もしくはリベラル・民主主義諸国に対する今後の挑戦的な要因の冠たるものとして出てくるのではないかという気がいたします。

私は、問題は、この帝国が形成されるかどうかということではなくて、むしろその内容だと思います。この帝国というのは、必ずしもアグレッシブであるとか侵略だとかということを前提にするものではない。まさに特定の文明でありながら、普遍性ということを強調するある考え方にのっとったというぐらいで、最低、押さえておけばよろしいかと思います。

そういうことを前提に、問題は、中国が皇帝のいない帝国、すなわち共産党の君臨する帝国ということであり続けるのか、それとも広域的な経済圏の形成を続けることによる新資本家の帝国とでも申しましょうか、新しい資本家の君臨する帝国になるのか、この点、国際政治経済にとって重要な論点ではないかと思います。

問題は、第1類型、もしくは、本日のメインテーマである「日本」という先進民主主義国の役割として、こういう中国の活力に対してどう対抗していくのかということです。日本社会においては、ますますエリートの存在、責任ある政治的なリーダーシップをとる層、そしてそのリーダー層の役割、を否定する傾向が強くなってきております。つまり、エリートの不在をよしとする風潮があります。若者の意識や行動も変質しておりますし、さらに、少子化が起きてきている。こういったものを考え合わせるとき、中国に対抗する日本の未来のダイナミックスというのはどういうものになるのかというような点を、後ほど佐藤先生にもお尋ねしてみたいと思っております。

 

 

 

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