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これをもとに、これからの議論をさらに進めてまいりたいと思いますが、今、佐藤先生のご発言の中でも言及されましたし、また情報化の問題について極めてすぐれた研究活動でご高名の公文先生をお迎えできましたので、次に公文先生のご発言をいただきたいと思います。

公文先生は、皆さんご承知のとおりに、グローバル・コミュニケーションセンター、グロコムと呼ばれている活動をやっておられるだけではなくて、シチズンに対応して、新しい時代のネティズンという考え方を前々から提唱しておられ、我々、情報化に関係するご研究に深い感慨を受けておりますが、その観点から、今の国家論、あるいはシチズン論等についてお話をいただければと思います。どうぞお願いします。

○公文

私も、考えてみますと、もう30年以上にわたって佐藤さんとは非常に近いところでいろいろ一緒に仕事をしてきましたので、佐藤さんの考え方と自分の考え方を区別することはしばしば困難なところもあります。その意味では、批判的なコメントをするのは甚だ不向きでありまして、きょうは、佐藤さんのいわれた国民国家というものは、これから21世紀にかけて死滅するどころか、むしろある意味では、かえってその役割はより重要なものになる可能性があるという点を、私なりの見方でちょっと補足をしてみたいと思います。

と申しますのは、世の中にはよく、もう近代は終わったとか、これからはポストモダンだという言い方がございまして、私も一時そういうのに感染しかかったことがあるのですけれども、考えてみると、終わっていない。いないどころか、まだ近代は当分続くと思います。どういう意味で続くかと申しますと、近代化の特徴は、我々がもっている目標を実現するための能力、手段の力の増進、英語で申しますとエンパワーメントということにあって、最初は軍事力の増進がみられ、次いで経済力の増進がみられ、今日では知力、指揮力の増進がみられるということで、この3番目が情報化そのものであります。その点では、知力の増進がまだまだ続いておりまして、終わる兆しはありません。ですから、そういう意味で、近代はまだ当分終わらないと考えているわけであります。

ところで、近代最初の軍事化の局面で生まれてきたのが、きょうお話のあった主権国家であり、後にその主権国家の臣民であった人たちが主権者としての自覚をもつようになって、国民と一体化した国民国家、あるいは民主主義的な国家をつくるようになったというプロセスがあります。その中で、国家は、最初のうちは国威の増進、発揚競争にいそしんできたわけであります。しかし、国威の増進、発揚競争、つまり戦争をして領土をとり、植民地をとって自分たちのパワーを列国に認めさせるというゲームは、正当性をもたないということが20世紀になってほぼ広く認められた。先ほどのお話の第2類型の国の中には、必ずしもそれで納得していないというところはあると思いますけれども、世界がいまや侵略戦争は正義であるというような考え方に立っていないことは当然であります。

 

 

 

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