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それから、19世紀にいわゆる帝国主義の時代というのがありますが、あれは西ヨーロッパで産業革命をいち早くやり遂げた幾つかのネーションステートが、その圧倒的な国力で世界を植民地化したときに、ほかに適当な言葉がないものですから、伝統的なエンパイアという言葉を使っただけでありまして、1つの文明圏を統治するという意味でのエンパイアではない。その意味では、中華帝国とか、ムガール帝国とか、イスラムのその他の帝国や、ローマ帝国等とはちょっとわけが違うと考えております。

歴史のことはさておきまして、この国民国家については、東京大学の田中明彦さんが第1類型と第2類型と第3類型という概念区分を『新しい中世』という有名な本の中で書かれました。第1類型というのは先進民主主義国のことで、第2類型というのはナショナリズムが燃え盛っている伝統的な国民国家であります。それから、第3類型というのは、国家統治が崩壊しかけているところ、旧ユーゴスラビアとか、ブラックアフリカの幾つかの国とか、東アジアでいえばカンボジアもそれに近いかもしれません。インドネシアも今後どうなるかわからないという状態がございますが、そういう国が第3類型です。第3類型は問題はさまざまに起こしますけれども、それが全世界的に大きな影響を与えるほどの国力は元来ない。それから、大部分の第3類型の国が比較的日本から遠いところにあるというので、ここでは特に取り上げません。

西ヨーロッパと日本の非常に大きな違いは、日本の周りには第2類型の国が圧倒的に多いことだと思います。むしろ、東アジアでいえば、日本だけが第1類型に属するといっていい。韓国や台湾が将来そうなる可能性は非常にあると思いますが、今のところまだそこまでいっていないと思います。ですから、EUの発展をもって国家の役割が減退したということは、少なくとも東アジアについてはそうとはいえない。

太平洋全体をとってみても、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、日本というあたりが第1類型に属する国でありまして、すぐ近くにある中国を初めとする国々は、依然として伝統的な、19世紀的な意味での国民国家に極めて近い形態をとっているといえます。しかも、先進民主主義国すなわち、第1類型に属する国々の中でも、アメリカのような軍事超大国もあれば、日本やドイツのように、経済的には世界有数の規模と技術開発力をもっておりますけれども、軍事力からみれば大したことがない国というようにさまざまな異質なものがございます。

ですから、国家の役割を考える場合に、国家は一色ではないので、世界的には、国家の役割が衰退しつつあるということは簡単にいえない。ただし、その場合に特に重要なのは先進民主主義国でありまして、先進民主主義国では国境の壁が低くなり、薄くなり、その結果、人々が国境を越えて動き始めていく。ネーションとステートが、かつてネーションステートというもので一緒になったのが、まだ再度分離する動きがある。

日本で市民という言葉が最近はやっておりまして、これは国境を離れた国籍と無関係なコンセプトだという形で、いわゆる市民主義者、NGOに熱心な人たちによく用いられておりますが、市民という言葉は、本来はある国家の中で権利をもっている人たちのことをいったのです。ローマ法における市民というのは、「ローマ法の保護を受ける人」を意味します。特定のエスニックグループではないのですが、ローマ帝国の中で市民権をもっている人が市民であります。

 

 

 

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