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欧州評議会については、日本は96年にオブザーバー地位を得、これにより、ほとんどすべての活動に包括的に参加することができるようになった。欧州評議会事務局の要人の来訪も相次ぎ、日本の議員と欧州評議会の議員組織との交流もなされている。

このほか、首脳級、隔年開催のアジア欧州会議(ASEM)においても政治対話が組み込まれている。

 

日露関係の進展

日露関係は、いずれの二国間関係よりも大きな変化にみまわれている。未解決の領土問題のために、東西軍事対立の終結の後においても、最近まで日露関係にはほとんど変化はなかった。しかしながら、次第に安全保障対話が進んできた。すでに、北大西洋協力理事会(NACC)やその後継の欧州大西洋パートナーシップ理事会(EAPC)、平和のためのパートナーシップ(PFP)などを通じて欧州では東西軍事対立終結以後、ロシアとの安全保障協力が進められてきた。冷戦期においてすら、欧州では、ソ連を含め、ストックホルムで合意された信頼醸成措置(措置としては高度の軍事的透明性を確保するものを含む)を履行してきた。日本にとっては、ロシアとの防衛交流自体、革命的な変化であった。1997年7月の橋本総理のユーラシア外交をめぐる政策演説は、ロシアを21世紀の新しいアジア太平洋の秩序作りに参加招聘するもので、それ以来、日露間ではハイレベルの交流が加速された。

冷戦期にロシアは日本に対し、2国間の信頼醸成措置を提案したが、日本の反応は非常に慎重なものであり、実現することはなかった。1990年9月から政策企画協議が始まった。このほか、1993年10月に結ばれた海上事故防止協定の実施状況などを検討する会合も毎年開かれている。96年4月には、史上初めて防衛庁長官がロシアを公式訪問し、ロシアの国防大臣との間で、信頼醸成措置に関する枠組み合意ができた。これに基づき、97年5月にはロシアの国防大臣が訪日し、日本の海上自衛隊艦艇がロシア海軍300周年記念の式典に、初めてウラジオストクを訪問して参加した。ここで、日露海上事故防止協定による信号を使用した通信訓練を実施した。1997年7月にはロシア海軍艦艇が東京に寄港した。1997年のクラスノヤルスクにおける非公式首脳会談で、橋本首相とエリツィン大統領は、1998年に日本の統合幕僚会議議長、ロシア軍参謀総長の相互訪問、自衛隊とロシア軍の捜索・救難活動の共同訓練の実施を約し、それぞれ、実現された。(6)1998年2月から、日本の自衛官がロシアのスホイ27型機の飛行訓練を2ヵ月間受けた。

 

 

 

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