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侵略者を事前に察知することはできないからだ。集団安全保障はしかし、不特定の侵略者を想定することの上に成立するのだから、当然それは共同体的意識の育成を阻害する。これに対して、集団防衛37は、明確な侵略者を前提としており、共同体を構築する活動を許容する。旧ソ連は、ヨーロッパの西側陣営に対してまさにこの共通の敵としての役割を果たしたのだった。今日の中国は、アジア太平洋地域でこれと同じ役割を果たせるだろうか? この役割を果たせるのは、見通せるかぎりの将来において中国以外に無い。そして、この地域の他の諸国は、中国が敵だとの想定の下に緊密な軍事的関係を共同で構築できるのだろうか? いずれにせよ、これにまつわるリスクには、ミイラ取りがミイラとなる危険性が伴うという可能性があるのだ。

 

最終的には、これこそがNATO拡大が抱える最大の危険でもあることが指摘されねばならない。ヨーロッパに存在する分割線に終止符を打つ代りに、それは単にこの分割線をより東に移動するにすぎず、そうすることで、19世紀の世界に逆戻りする橋をかけることとなるのだ。今世紀の変わり目の太平洋地域パワーバランスは、19世紀末のそれに比べて安定性を増していたとは言えない。しかし、日本との戦争で決定的敗北を喫したほぼ百年前の時代から、NATOの包囲網の前に全く手が出せない状況に陥っている現代のこの時点との間の約一世紀の間、ロシアはソ連邦という仮面を着けて、二つしかない超大国の一つとして世界に君臨し続けたのであった。これは自己満足に陥る危険に対する筆者の真面目な警告である。これが余りにも悲観的に響くと思われる読者は、楽観主義者は決して期待以上の結果を喜ぶ機会を手にすることはできないのだという事実を想起されたい。

 

後注と解説

 

1. Philip H. Gordon, 'Recasting the Atlantic Alliance', Survival 38 (Spring 1996), p. 49.

 

2. Stephen M. Walt, 'Why Alliances Endure or Collapse', Survival 39 (Spring 1997), p. 171.

 

3. Ronald D. Asmus, Richard L. Kugler and F. Stephen Larrabee, 'Building a New NATO', Foreign Affairs 72 (September/October 1993); Christopher L. Ball, 'Nattering NATO negativism? Reasons why expansion may be a good thing', Review of International Studies 24 (January 1998), pp. 43-69.

 

4. Michael E. Brown, 'The Flawed Logic of NATO Expansion', Survival 37 (Spring 1995); Charles L. Glaser, 'Why NATO Is Still Best: Future Security Arrangements for Europe', International Security 18 (Summer 1993); John Gerrard Ruggie, Winning the Peace (New York: Columbia University Press, 1996); Michael Mandelbaum, The Dawn of Peace in Europe (New York: 1996); Michael MccGwire, 'NATO expansion: "a policy error of historic importance"', Review of International Studies 24 (January 1998), pp. 23-42.

 

 

 

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