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これ以外に考えられる可能性は、NATOの拡大が結果的には自国の重要な国益と無関係な多くの地域紛争に米国を巻き込むことだろう。そしてこの結果、米国のNATOへの責任感は弱まり、全世界を対象とする安全の保障者としての米国の意志を挫くこととなろう。バルカン問題は特にポスト冷戦時代の新しいベトナム戦争症候群を米国国民の間に流行させかねない。軍事史家のハリー・サマーズ大佐は「コソボという名を逆にすればベトナムと読める」という表現でこの問題について語っている。31

 

ロシアは古くからの大国である。地理的に不可変の事実からして、ロシアは、遠く離れていて、一国内で無ければ相互に無関係であり得る太平洋とヨーロッパという二つの地域の国際関係の中で大国としての地位を約束されている。米国はこの両方の地域から巨大な海で隔離されているのだが、ロシアの場合は、両方に陸続きなのだ。1990年代には、ロシアはアジア太平洋地域では活発な活動をしてはいないが、それには二つの理由がある。

第一に、旧ソ連の瓦解以来、ロシアは自国内の問題に忙殺されてアジア太平洋地域での自らの妥当な役割について考える余裕が無かったのだ。この間に、ロシアの外交政策に対しては、国民の間で『寄付者とスポンサー』探しに明け暮れているとの批判が高まっているのだ。第二には、ソ連はヨーロッパ国家であると同程度にアジアの国家でもあったのだが、エリツィンーコズィレフのチームは余りにも全面的に西側に傾いた政策スタンスをとるかに見えた。この事実は今日まで変わっていないのだが、国としてのロシアは、事実その17m平方キロにおよぶ国土の中10m平方キロもがアジアにまたがっているのだ。

 

歴史は、我々に大国の興亡を教える。しかし、どの大国が何時どのような兆候を示せば、その国は衰退の過程にあると実際に言い当てるのは、歴史学者にとっても困難な仕事なのである。言葉を変えれば、もしロシアが現在大国としてすでに衰退の末期症状にあるとすれば、一体何時どうすればそれが分かると言うのだ? ただ言える事は、もしロシアが(単なる国家としてではなく大国として)消滅するなら、それはロシアが過去に主要な大国として活動してきた二つの国際システムに大変な影響を与えるだろう。

 

他方、もしロシアが大国として復活し蘇生するならば、上と同じ二つの国際システムにこれもまた大変な影響を与えるだろう。旧ソ連の中での独立共和国であった国々は、それぞれの立場からソ連時代以前の自らの地政学的実体を再発見して来ている。中央アジアの諸共和国は、比較的に貧しく激動する少数民族問題を抱える点は共通しており、ヨーロッパからは隔離されてきている。多くの共和国指導者は、自らが抱える少数民族の民族種義的自己主張深刻な内部紛争を惹起する可能性を恐れて、ゴルバチョフが主唱した強力な中央政府の下に軍隊と核兵器とを管理し、単一通貨制度を守るという政策を支持したのだった。ロシア人はこれらの五つの共和国に共通して在住する唯一の人種だ。

 

 

 

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