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米国連邦議会内の孤立主義者達にとっては、ブタペストとプラハとワルシャワを救う約束と引き換えに米国はボストンとフィラデルフィアとワシントンを失うようなこととなる場合は、NATO拡大はそれほど賢明な策では無いとの疑問を表明した。東ヨーロッパの安全を保障するという建前を提供する結果、東欧諸国は対ロシア関係で以前より慎重さを欠き、他方ではロシア側のパラノイドはかえって増幅される可能性があるのだ。

従って、東ヨーロッパ諸国の新しい安全保障は質的に低下する恐れさえある。拡大NATOの下では、重大な国境紛争や少数民族問題、それに不均衡な政治的発展のレベルを抱えた国々にも米国による安全保障が提供されるのだ。西側諸国は、新規加盟国が原因で引き起こされる戦争に巻き込まれるのだろうか? 例えば、コソボ解放軍が、NATOをセルビア政府に反対する内部抗争に巻き込むというあからさまな目的でセルビア軍に対して挑発行為にでたと言った場合がそれだ18。もし米国がこれに応じて軍事行動に出ない場合は、新規加盟国に対して頼り甲斐のある、信頼できる安全保障を提供する代わりにNATOの拡大はかえってNATOに対する米国側の責任感を希薄にし、疑問を投げかけることとなろう。

 

7月8日のマドリード首脳会談では、ポーランド、ハンガリー、およびチェコ共和国のNATO加盟を承認する旨の同意が成立したが、この三国以外の国々の加盟を考慮することを拒否した。しかし、NATOを構成する16ヶ国の中9ヶ国はルーマニアとスロベニアの加盟を支持し、将来に不満という形の禍根を残す事となった。NATOが、ロシアを含むすべての国々にその門戸を開放しているというレトリックが真実でないことは明瞭であった。このような理由から、NATOの拡大の目的が安全保障の網の目を張り巡らせることではあったとしても、「実際にマドリードで張り巡らされたものは、偽りの網の目であった」という批判が噴出したのだった19。それよりは、東ヨーロッパ諸国をまずEUに参加させてこれらの国々の民主主義と経済的繁栄をより確かなものとするのがより賢明であったろう。それ無しには、NATOの組織内でのこれらの国々の安全保障は長続きするものではないし、また彼らが『真の』ヨーロッパ諸国の一員としての安全保障でもあり得ないのだ。早すぎる加盟はNATO自身の信頼性を損なう可能性がある。同じ歴史伝統を持たない国々を加盟させる危険は、NATO加盟を希望しているポーランド、ブルガリア、スロベニア、そしてウクライナと言った国々は、CIA筋から漏れた情報によれば、テロリズムを支持する国々に武器を輸出している事実を見れば分かるだろう。

 

NATOの拡大は、冷戦での歴史的敗北敗という冷厳な事実を今更ながらロシアに見せ付けるという意味を持つ。西側陣営が手にした冷戦の勝利といる巨大な地政学的な戦略上の収穫は、ロシア側の一方的な犠牲において確実なものとされつつあるのだ。ロシアを新しい共同安全保障を管理するための全ヨーロッパ的システムに組み込む代わりに、西側はロシアを孤立させ、包囲し、従属させようとしたのだった。モスクワがNATOの拡大を受け入れたのは、西側の圧力の下でであった。しかし、そこで目立ったのは、ロシア国内では拡大に反対する意見が国内のあらゆる傾向の政治グループにも一致して見られたという事実だ。従って、怒りと不満の政治勢力が台頭する危険は中・長期には否定しがたい。

事実、ロシアの民族主義者の間では、NATOによる安全保障に関するパリ基本協約を名指しで第一次世界大戦後のベルサイユ絶対命令の例になぞらえて、ロシアが被りつつある恥辱に対する強い怒りを示した者も少なくなかったのだ20

NATOの拡大は反西欧の情熱を掻き立てる焦点となり、怒りと失意にゆれる大衆と軍国主義者と急進民族主義者を結び付ける絆となる可能性がある。歴史的に見て、ロシアが冷戦後の東西間の和平の条件に同意したことは驚きであった。西側にとって計り知れない価値のある新秩序の正当性という財産が、NATOの拡大を強制することによって水泡に帰したのだ。この行為は、ロシアが冷戦を終結させることに同意した条件と理解したものを蹂躪してしまい、統一ドイツがNATOに加盟するのを許した1990年の取引を反古にしたのだった。これはロシア国民にとっては、1919年のベルサイユ条約が定めた戦争犯罪条項に歴史的に匹敵する屈辱であった。ほとんど国民的一致を示したNATO拡大へのロシア人の怒りは、「冷戦後の東西間の和平の条件を覆すのをロシア外交政策の最重要課題とする可能性すら存在する」のだ21

 

冷戦後の時代のアメリカの唯我独尊の態度に対する反動はいま世界各地で始まっている。

自国内では権力の集中を批判、否定してきたアメリカは、国際社会では自ら権力の集中を是としたのだ。NATOは、敵の軍事力を抑止する機能を果たす代りに、友好国と同盟国との共生と協力を確認する方向に転換せねばならない。拡大NATOが今後不機嫌で敵意を抱くロシアと対峙する国境線に沿って、貧しく政情の不安定な国々が存在しているという構図は、決して我々に安心を与えてくれるものではない。

 

NATOは二つの相互補完的な中核機能を持っている。その第一は、それが防衛のための同盟であったことであり、そこでは加盟国のすべてが、ソ連陣営の敵からの外部攻撃に対して相互防衛の義務を負っていた。第二の中核機能とは、16の加盟国相互間での平和の維持と管理であった。これは、防衛計画とその予算を相互に分担することを通じて実現された。かくしてこの防衛同盟は、ヨーロッパとソ連の間の平和を維持したし、同時に平和の管理はNATO加盟国間の平和を維持したのだった22。冷戦の終結後の時代にNATOが直面したチャレンジは、自らが持つ防衛機能を維持しながら、中欧と東欧地域の安定化のためにその平和管理能力を拡大するかという問題だった。これに答える手段が『平和のためのパートナーシップ・プログラム』であり、このプログラムの下で27のNATOに加盟していないヨーロッパ諸国が共同訓練と平和維持活動に参加し、NATOの行動基準について学習した。

 

 

 

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