かの有名なロンドンタイムズ誌はその巻頭社説で「安定して民主的で、帝国崩壊後に縮小した自らの国境内で安住するロシアは巨大な戦略的成果であり、これ無しにはヨーロッパの持続的安全は決してあり得ないのだ。16」NATOの拡大を決定した後の国別批准の過程でロシアの脅威が問題となり、ロシアがNATOの特定加盟国の議会での審議への干渉に努めるといった状況は、結果としてより広い意味でのNATO対ロシアの関係を複雑にし悪化させる可能性がある。タイムズ誌はまた、ハンガリーのNATOへの加盟は「無人地帯の中央部分に出来た斑点」であり、NATOは自らの共通の境界線さえ持たなくなるだろうと述べている。
1997年5月27日のパリでの会合で、NATOの指導者達とエリツィン大統領は相互間の関係、協力と安全保障に関する基本協約(the Founding Act on Mutual Relations, Cooperation and Security)に署名した。NATO拡大を議題とする7月首脳会談が近づくにつれ、東ヨーロッパの民主主義の強化といった抽象的な議論は影を潜め、拡大の政治的、経済的、そして軍事的コストについての現実的な問題が議論の対象となった。1997年6月26日には、政治家、軍人、学者、それに外交官を含む米国の46人の著名な外交問題専門家が、NATO拡大計画は歴史的にも重要な間違った政策であるとの書簡を連名で発表して、本拡大計画を中止し、ヨーロッパの安全保障を確保するために、中欧と東欧の諸国にEUへの加盟の門戸を開き、PHP(平和のための協調)計画の更なる促進、NATOとロシアの間の相互協力関係の支援を含む、これ以外の選択肢を探求すべきだと述べている。これらの専門家の意見によれば、ロシアは西側の近隣諸国に脅威を与えてはいないので、NATOの拡大は必要でもないし、望ましくもないのだ。NATOの拡大は同盟関係そのものの基礎を掘り崩し、ヨーロッパに新しい分割線を引くものであり、拡大された同盟関係から除外される地域(エストニア、ラトビア、リトアニア、スロバキア、ルーマニア、ブルガリア、ウクライナ、スロベニア、およびモルドバ)の安全保障を劣化させることで不安定性を増幅する恐れがあるというのだ。6月30日付けのクリントン大統領への書簡で、の20名の超党派の上院議員のグループは、新しく三ヶ国の安全保障を米国が約束するには、今まで以上に真剣な討論と慎重さを必要とすると述べている。
政治アナリスト達の間では、同盟の拡大の全体コストや特定国に対するコストに関して意見が分かれていた。米国国防省は、米国が負担することとなる年間経費を、向こう13年間に亙って毎年一億五千万ドルから二億ドルとし、総計二十億ドルと推計した。西側同盟国全体への総コストは二百七十億ドルから三百五十億ドルという規模となる。しかし、連邦予算局の試算によれば、米国が負担する年間コストは三億三千万ドルから十二億ドルとなり、十五年間継続支出を必要とし、NATO全体としての累積コストは千二百五十億ドルに上るという17。