条約拡大反対論者側の議論
反対論者達の主張は基本的に言って、NATOの拡大は余りにも多くのリスクと危険を伴い、明らかな危険が現実に存在するのでない限り最初から進めるべきでは無かったのだという前提に立っている。ロシアは、東ヨーロッパ諸国が、世界にその名を知られた安全保障同盟であるNATOに加盟したがる主要な理由とは、彼らが歴史を通じて抱いてきた対ロシア恐怖感だという事実を知っている。いや、ソ連封じ込め政策の立案者であり、名うての米ソ関係の専門家として知られるジョージ・ケナンさえ、NATOをロシア国境まで拡大するのはポスト冷戦時代を通じての米国外交政策上の最も致命的な過ちとなるだろうと警告している8。クレムリン側も、これを第二次世界大戦以来の最大の過ちだと呼んでいる9。ボリス・エリツィン大統領は、NATOの東への拡大は、米ロ関係にとっては1962年のキューバミサイル危機以来最も深刻な二国間の争点となったと述べている。
この事実はロシアの国益にとって余りにも重大な関心事であるので、ヨーロッパ各国や米国を含むすべての国々が真剣に検討すべき問題なのである10。
ロシアは、NATOの新規加盟国の領土内にいかなる形の軍事的インフラの建設をも阻止しようと努力した。西側諸国はこれを相手にはしなかったものの、新規加盟国の領土内には核兵器を展開する意図も、計画も、理由もないという事実を確認はしている。しかし、NATOの拡大に対してロシアに対価を支払うような印象さえ一切与えないという決意のゆえに、西側はこれに拘束力を持つ誓約という形を与えることを避けたのだった。意図、計画、そして理由といったものは時と場合によっては変化が避けられないが、可能性なるものは不変である。ロシアの指導者層は、1990年にマイケル・ゴルバチョフがドイツの統一とNATOへの加盟とワルシャワ条約の廃棄に同意したのは、東ヨーロッパ諸国は決してNATO加盟を許されることは無いという了解事項を前提にしてであったという事実を記憶している11。
米国の政府高官は、ロシア側の批判を、米国やNATOの目標や意図の誤解に基づいていると決めてかかる傾向があるのだが、戦争が勃発する際、状況を悪化させる決定的に重要な主因がこの『誤解』であることを想起する必要がある12。ロシア側の世界観からすれば、NATOの拡大は、ロシアの戦略的包囲網を構築し、中欧と東欧からの孤立化、ヨーロッパでの米国の政治的覇権の恒久化と拡大、そして多分、ロシア連邦そのものの解体さえ誘発させようとする米国が使う大義名分であり、手段にしか過ぎないのだ。中欧と東欧が歴史的に果たしてきた地政学的緩衝地帯としての役割は、西側同盟の境界線がロシア本土に接近すると共に今やかなぐり捨てられたのだ。