本稿で筆者が割り当てられた仕事は、アジアから見たNATOの拡大に対する意見と立場の提示である。私は、この作業をまず拡大賛成論者と反対論者の言い分の検討から始め、次に、ヨーロッパとアジア太平洋地域との間には、安全保障機構を構築する上で顕著な相違が存在しているという認識に基づいた論議に焦点を当てて吟味を進め、NATOの拡大がアジア太平洋地域に与えるインパクトを幾つかの可能性をあげて略述することとする。筆者は、その結論の部分で、新しい安全保障秩序を米国が保障するという役割を果たすのを基礎とする構想の枠組の中に冷戦後の国際同盟関係を今一度据え直すことで本稿を終りたい。
NATO拡大賛成論
NATOは、多くの点で米国の外交政策の遂行に役立ってきた。まずこの機構は、米国が自らが加盟国である唯一の重要なこの組織を経由して自国の軍事力をヨーロッパに駐留させるための手段を提供した。次に、それは米国のヨーロッパ同盟国の軍事力に実質的な信頼性を付与し、ロシアの軍事力をチェックし抑止したし、その効果の及ぶ範囲を地理的に拡大した。しかし、今日新たに構築されつつある次世紀の安全保障機構の枠組の中でその有効性を維持し続けるためには、NATOはその参加国の枠を拡大して自らの責任範囲を再定義する必要に迫られている。ソ連帝国の崩壊の結果、中欧と東欧一帯には安全保障上危険な真空地帯が生まれたが、この真空状態はNATOの拡大によって安全に埋めることができる。
クリントン政権は最初の段階では旧ワルシャワ条約機構諸国によるNATO参加の希望に対しては明確な態度を示してはいなかったが、1996年度に入ると、ポーランド系アメリカ人有権者への配慮も手伝って政策の転換が見られた5。マデリーン・オルブライト国務長官は、統合を遂げ、安定的に繁栄を享受する民主的ヨーロッパの実現という難しい目標を達成する希望を抱いている。同長官は、NATOは半世紀前に西ヨーロッパで、過去の憎悪を水に流し、紛争を抑止し、新しい民主主義諸国を統合し、経済復興に自信を持たせるという役割を果たしたが、これと同じ役割を新しい拡大NATOが今後東ヨーロッパで再び果たすものと信じているのだ6。
NATOの加盟国の範囲を冷戦時の境界線に沿って凍結するのは、新規加盟を希望する諸国に対して不公正である上、現存する緊張の原因を温存するという意味では賢明な選択ではない。国家間の在来型の戦争は今後もうあり得ないのだ。新しい型の紛争や一国内部での不安定な状況に関しては、この新しいNATOは、新規加盟国の軍隊の文民統制の確立を促進すると同時に、紛争の平和的解決への希望と道筋を提供するだろう。ハンガリーとルーマニアの間の歴史的敵対関係は、NATO加盟を実現するための配慮から解消を見たのかも知れぬし、チェコとドイツの間の合意も同じ理由から成立した可能性があるのだ。