第4セッション
NATO条約機構の拡大、同盟関係、国際戦略の展望:アジア太平洋地域からの視点
国連大学副学長(平和と統治問題担当)
ラメッシュ・タクール
本論考に述べられた見解は著者の個人的見解であり、国連大学や国際連合の意見を示すものではない。
冷戦の終結は顕著な変化が国際関係と世界秩序の根底そのものに起きるだろうという期待を生んだ。しかし、戦争という観念とその可能性もまた国際関係から払拭されたわけでは無かった。人類社会は未だに異なった信条や利害関係が絡んだ紛争によって分裂状態にあり、相互に対立する集団を支援する組織的政治体勢が存在するかぎり戦争の可能性は否定しきれない。独立国家権力のシステムは当然国力を前提にし、国力はまた当然軍事力を前提とする。軍事力は、過去、現在、そして将来にわたって国民国家の運命の裁決者であり続けて、一国が大国か小国か、国家の浮沈、領土紛争、いや国家そのものの出現や抹殺をさへも左右するであろう。軍事力は大国の性格とそのあり方を規定し、国際システムの構築に当たっては、どの場合にも決定的な要因となる。自国の軍事力を涵養しない国家は、他国の主張の犠牲者となる危険を犯すものである。
複数の国家が共通の問題に直面するか、あるいは類似した目的を追求する場合には、それが軍事、経済、政治のいずれの領域であっても、国家は相互に友好関係で団結する可能性を考慮するだろう。国家はまた、侵略的目的で同盟関係に入ることもありうるが、より一般的な動機は今日では共通の軍事的脅威に対する共同防衛である。北大西洋条約機構(NATO)は、少なくとも歴史上最も成功を収めた軍事同盟の一つだ。NATOは軍事的安全と政治的安定、さらに積極的で緊密な経済協力を可能とする環境をヨーロッパで以前から敵対関係にあった諸大国の間に構築し、維持してきた。以来、世界は冷戦時代から、いまだそれが何であるか判然としない新しい時代への歴史的な移行を経験してきている。冷戦時代の遺産として残存する同盟関係のネットワークは吹き荒れる嵐と急激な変化の時期には秩序の安定要因として機能すると同時に、来るべき新時代秩序の形成のための手段を提供した。NATOが四十年にわたってソ連帝国と対峙するために構築した軍事・官僚機構や、組織的、政治的財産は、冷戦後の時代にも大きな価値を持ち、各種の低レベルの安全保障問題をも含む新しい形の非常事態1に対応するためにも維持される価値がある。ヨーロッパが新しい安全保障の取り決めの交渉を行ったのもNATOを梃子としてであったし、拡大されたNATOは、多様性を特徴とする大西洋を挟んだ安全保障コミュニティに対する米国のコミットメントをヨーロッパが考え直すための基礎を提供している。