欧州全体にまたがる金融市場が存在しないことが、ユーロの国際通貨・基軸通貨としての確立を妨げることは明らかである。またEUの会計法が統一されていないことも問題である。ドイツの新しい蔵相、ラフォンテーヌ氏が「金融市場は規制緩和でなく規制を必要としている」と言うなど、通貨危機が相次いだ直後であるだけに、欧州中銀の通貨政策は非常に微妙なバランスを要するものとなろう。但しこの問題に直面するのは、新通貨ユーロの番人となる欧州中銀のみではない。世界各国の通貨当局が同様に頭を悩ませることになる問題である。
価値表示としてのユーロの利用頻度のほうは、交換の媒介、価値の貯蔵手段としてのユーロの利用が高まれば高まるであろう。
いずれにしてもユーロは、国際金融市場という本質的に不安定性の高い市場における、新しい要素である。国際金融市場の混乱は、ユーロが強い通貨として認められる場合にも、逆に弱い通貨として信頼を勝ち得ない場合にも、いずれの場合にもおこり得る。
ユーロが基軸通貨として受け入れられれば、米ドルからの資金シフトがかなりの規模で生じる可能性がある。ロバート・トリフィンが既に60年代に指摘したように、通貨は自らの成功の犠牲者である。基軸通貨として広く受け入れられた通貨は、需要に合わせて供給を増やしていかないと、世界経済を不況におとしいれる危険をおかすことになる。やがては需要を上回る量が世界中に供給され、その価値が相対的に低下する。これはまさにブレトンウッズ時代末期の米国で起きたことであった。但し、今までは米ドルに代わる国際通貨が存在しなかったため、米ドルからの本格的な資金シフトは生じ得なかった。しかし、これからはユーロが、少なくも潜在的には代替的な国際通貨として存在する。
米国の経常収支赤字は98年8月に過去最高の167億ドルに達した。98年の経常赤字は1400億ドルに達すると予想されている。また米国の対外純債務は日本の対外純債権に匹敵する水準に到っている4。通貨に対する信頼は対外債務だけによって決まるものではない。しかし、米ドルに対する信頼が、その経常赤字や対外債務の増大によって揺らぐ可能性はある。これに対してユーロランドの経常収支は98年・99年ともに1200億米ドルを上回る黒字が見込まれている。ドイツ、フランス、イタリア各国とも黒字となるであろう。
勿論、ユーロ自体もロバート・トリフィンの指摘したジレンマの犠牲になり得る。より短期的には、ロシア情勢5と、ユーロランド内で増大する左派勢力の政治的介入が不安材料となろう。また財政当局がバラバラなまま、通貨当局だけ一つにして経済運営に支障をきたさないのか、長期金利は収斂するのか、という問題も、しばしば指摘される所である。もし何らかの理由でユーロが弱い通貨として受けとめられ、Emuという企画自体の信憑性に疑問がなげかけられれば、通貨市場で大混乱がおきるであろう。