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欧州中銀の総裁がダウセンベール氏からトリシェ氏に代わっても、その通貨の番人としての責任感は変わらず、インフレ率は低い水準に抑えられると思われる。98年10月、欧州中銀の理事会は、その金利を年末までに3.3%に収束させるという非公式な合意(working hypothesis)にいたった。

欧州中銀が政治的圧力から独立であることは、マーストリヒト条約によって保証されている。ドイツで左派政権が誕生したことと、世界経済が恐慌に陥る危険性が高まったことから金利引き下げの要求が高まる一方で、欧州中銀・ドイツ連銀は態度を硬化させている2

 

財政政策に関しても、「安定と成長のための合意」(stability and growth pact)が野放図な財政拡大を制約する。こうして財政・金融双方の政策が緊縮的になり、為替切り下げという手段もなくなるのであるから、欧州の景気拡大もおのずと制約されがちになる。しかし、これが失業の増大につながるとは必ずしも言えない。

 

短期的には、価値表示単位が統一されることによる競争の激化や、財政・金融両面からの引き締めによって、失業率が上昇することもあろう。しかし、より長期的には、インフレ政策や政府による補助、為替の切り下げに頼れないことが構造調整を加速すれば、労働力需要と経済の活性化につながると期待できる。

また、経済全体の安定という観点から考えても、通貨価値の変動によって利益をあげる人々を閉め出すのが賢い選択であり得ることを、昨今の国際金融市場はまざまざと見せつけた。98年10月、内閣不信任案が通って、イタリアをEmuへ導いたと言われるプロディ内閣が倒れたにもかかわらず、そしてかつての共産党員が新首相として選ばれたにもかかわらず、(国際相場は急落したものの)リラに対する攻撃は影をひそめている。

 

3. 世界経済への影響

 

欧州11ヶ国で新しく共通通貨が導入される結果、世界の景気がどうなるかは、Emuの欧州景気への影響と同時に、その時の世界経済の状態にも大きく依存している。周知のとおり97年7月に始まったアジア通貨危機以降、日本経済が戦後最悪の不況から抜け出せないことも手伝って、世界経済はデフレ・スパイラルに陥ることが懸念されている。ユーロ導入によってこの傾向が変わる、ないし抑えられるとすれば、それは欧州中銀および加盟国財政当局の手腕によって欧州経済が安定的に繁栄した場合であろう。逆に政策の舵取りをあやまって過度に緊縮的な政策を取った場合は、世界の景気悪化を加速することになる。

 

 

 

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