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ここでの問題は、ECBが間違った戦いをしているかもしれないことである。今後の課題は、ECBがその独立性と信認を力説しなければならないということではない。同行はすでにそれらを充分に備えており、それは、最近の利下げを求める欧州大陸諸国政府からの圧力に抵抗できたことが示している。真の課題は同行が引き継ごうとしている遺産に関するものであり、それは欧州のすべての地域で確立されているとは言いがたい。しかしコミュニケーションを図るための真剣な努力なしには、遺産を手に入れることはできないのである。

 

この第一のジレンマに第二のジレンマが重なる。金融政策の実施に当たっては、地域的な差異という新たな問題に取り組まねばならない。この問題の旧バージョンは、特に経済通貨統合(EMU)に批判的な人々の間で、この数年間大いに関心を集めた。多くの学者、特に米国の学者は、経済構造の違いや欧州内における生産要素の移動性の欠如から、ユーロ圏全体に対する共通の金融政策実施が困難であるとして、欧州は「最適通貨圏」ではないとの点を強調してきた。その代わりに、各地域のニーズに合ったいくつかの独立した金融政策が採用されるべきであると論じている。言い換えれば、為替レートの変動が必要であるため、ユーロは崩壊することになる。

しかしこのような旧来の考え方の主たる問題点は、経済・金融構造を与件と見なし、それらが中・長期的に変化しうることを過小評価していることである。1970年代の利用可能なデータに基づいて行われた調査では、確かに欧州諸国間に構造的差異があることが示されている。1980年代の同様の調査では、その差異はずっと小さくなっている。1990年代に焦点を合わせると、差異はさらに小さくなっている。このような変化には二つの理由がある。第一に、金融面での収斂を伴う欧州経済統合の過程で、大規模産業グループによる欧州内での生産拠点の分散化が生じた。その結果、特定産業が受ける打撃に以前ほど地域的な偏りがなくなったのかもしれない。

第二に、通貨統合にはずみがつき、完成に向かうにつれて、予想に関する地域的な差異に変化が生じた。国ないし地域の住民が同じ通貨圏の一部になることを認識するようになるにつれて、実質賃金格差解消を企図した国内でのインフレ的金融政策はもはや実施されないことを理解するようになった。労働組合は賃上げ交渉に際してこの点を考慮に入れるようになった。すなわち、新しい「レジーム」に合わせるようになったのである。スペインのようについ最近までインフレ傾向にあった諸国での急速なインフレの鈍化は、労働市場が単一通貨圏の一部となることの帰結を充分に織り込んでいることを示唆している。ユーロ圏の参加国と非参加国のリストが明らかになったあと、ここ数カ月間に多くの地域における物価及び賃金の動向が劇的に変化した。非参加国であるギリシャの対照的な状況は、このメカニズムを示すものである。

 

 

 

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