日本財団 図書館


過去20年間に金融学者は、金融政策を「レジーム」という観点から考えるようになった。「レジーム」とは、公的部門と民間部門それぞれの予想の間における安定的な相互作用と定義すればよいかもしれない。民間部門は金融当局の行動を綿密に調べ、その予想に基づいて自分自身の行動(価格設定、賃金交渉、資金貸付)を選択する。金融当局は、こうした予想を前提に、予め発表した目標を達成するべく微調整を行ないつつ政策を立案する。その過程において、例えば金融当局が完全雇用や物価安定などいくつかのことを同時に達成しようとすれば、利害の衝突が生じる場合もありえよう。そうした場合、金融当局には、物価安定を公約していると民間部門に納得させた上で、生産および雇用を増やすべく民間予想を上回るインフレを引き起こそうとするインセンティブが生じよう。そこでの問題は、信認が崩れ、雇用が増えずにインフレが上昇する結果になることである。こうした理論が、欧州では政治的圧力(政治家は恐らく再選されること、従って失業により大きな関心がある)から中央銀行の独立性を守るための根拠に使われ、その結果、独立したECBが設立された。独立したECBを前提とすれば、市場と金融政策立案者との間のゲームは恐らくより簡単になるはずである。ECBは、物価安定のみを念頭にインフレ率を定める。民間部門はこれに気付いて、ECBの信頼のおける発表に注意深く耳を傾ける。こうした発表には相当な役割があり、ユーロ圏におけるインフレの基調を示すことになろう。これが安定した「レジーム」を生み出すことになる。

本当にそうだろうか。そうであるともそうでないとも言える。たしかにECBはすでに強力な独立した機関であり、たとえ選挙により欧州の主要国間で多数意見が形成されるような異例の状況が生じたとしても、同行に対する各国政府の干渉は限られる。例えば、欧州大陸の社会主義政権と社会民主主義政権(特にフランス、ドイツ、イタリア)との間で、世界の金融危機を受けた欧州の成長鈍化のリスクを考えればECBによる金利引下げが望ましいとの大まかな合意をみたが、これはECBにうまく受け流された。10月13日のプレスリリースにおいて、同行の政策委員会は、「最近、世界規模での一斉利下げを求める声が聞かれるが、これは問題の本質的解決にはならず、不適切であると考える」としている。明らかに、米連邦準備制度理事会による利下げへの追随を求める声に、ECB政策委員会は動じなかったことを示している。

一方、このことは、ECBがインフレ抑制のみに焦点を置いているため、行内での政策立案においては恐らく利害の衝突が避けられることを示す反面、ECBと民間部門とのコミュニケーションが円滑でかつ効果的なものになるとは必ずしもいえない。例えば、ECBが最近発表した通貨安定とは何かという定義は、フィナンシャル・タイムズ紙を始めさまざまな方面から厳しく批判された。ECBによれば、「物価安定とは、ユーロ圏の統一消費者物価指数でみて前年比上昇率が2%未満の状態として定義される」。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION