その後起きた悪循環は、自己実現的な期待により増大され、東南アジア経済の崩壊を引き起こした。もちろん、ユーロだけでは金融危機を回避するのに不十分であるが、ユーロが導入されることで、起こりうる投機の攻撃の範囲を狭め、準固定的な為替相場を持つ通貨の脆弱さを軽減し、危機の広がりを食い止めるために利用できる小康期間を提供することができる。
バランスを取り直すことを、ヨーロッパが利益を得て、他者(すなわちアメリカと日本)が損をする「ゼロサム・ゲーム」と考えるのは誤りである。ヨーロッパだけでなく世界経済全体にとり、より安定した金融の環境作りを促進することが、ユーロがもたらす真の利益なのである。
日本では、このバランスの取り直しの好ましい影響が、幾つか見られるようになった。最近まで日本政府は、円の国際化の促進や、円の国際市場での役割強化に取り組む必要性を感じていなかった。ユーロの誕生により日本政府の見解が変り、円の国際化に取り組むため、昨年夏に大蔵省にプロジェクトチームが、与党自民党に小委員会が設立された。8月26日付の読売新聞は社説で、こうした動きが起こった理由を次のように力説している。「日本が円の国際化をさらに進めるため直ちに措置を講じなければ、円は欧州通貨同盟により、国際市場の周辺に追いやられるだろう。もしそうなれば、円は地方の通貨と何ら変わらなくなる。国際市場における円の地位を確保するため、円の国際化を優先課題にしなければならない」。
EUは円の国際化を歓迎している。多極制度が生まれれば、(大西洋の両側と東京の)政策担当者に外に目を向けさせるインセンティブが、さらに生まれるからである。これは彼らに利益をもたらすことになる。世界のすべての国が、過度の為替相場の変動の悪影響を避けたいという共通の希望を持っている。同様に、世界のすべての国が、保護主義的な反応を引き起こす傾向がある長引く通貨の調整不良を回避したいと思っている。この点から、EU加盟国政府とECBは、いんぎんな無視というアメリカ的な立場を取らないことは明らかだと思える。ユーロの為替相場に関して目標としている政策を追求しないことがあったとしても、このことはユーロの為替相場の問題がおろそかになることを意味するものではない。ドイセンベルク博士が前述の演説の中で指摘しているように、「ユーロの為替相場は通貨政策の指標の一つとして無期限に監視されることになろう」。さらに、ユーロの為替相場に関して最終的な責任を持つ欧州の蔵相は、ユーロが調整不良に陥り、状況が長引くことが明らかな場合などの例外的な状況に備え、いわゆる為替相場の政策に関する指針を発表することで合意した。
こうしたことはすべて、通貨の変動と調整不良の根本的な原因を制限するため、国際経済政策をより密接に監視し、より緊密な協力を図ること意味している。したがって、ユーロの創設により国際通貨制度の発展が促進され、協力の強化を通じて、より大きな安定性がもたらされるものと思われる(Dixon,1998)。