日本財団 図書館


5. 現在の論争を過度に強調すべきでない

 

しかしながら、現在の論争の影響を過度に強調することは、大きな過ちになろう。これには多くの理由がある。第一に、蔵相(または国家元首)も中央銀行も、EMUのプロジェクトが失敗に終わることを望んでいない。反対に、両者ともEMUとユーロを成功に導くことにコミットメントを示している。EMUが崩壊することになれば、両者とも耐え難いほど大きなコストを負うことになり、したがって妥協的な解決策を見出さなければならないのである。EU以外の枠組みでは、こうした妥協を行うことは非常に困難であるというのは事実である。しかしながら、EUには40年以上に及ぶ、交渉を通じて「不可能な妥協」を見出してきた経験があるため、私は比較的短期間に、通貨当局と財政当局の間に建設的な関係が築かれることを疑わない。

最近の出来事と古い出来事から二つ事例を引き、なぜ私がこの問題について楽観的な見方をしているのか説明したい。初めの事例はドイセンベルク博士が欧州中央銀行総裁に任命されたことである。今年の5月初め、ドイセンベルク博士のECB総裁の任期について課された条件のため、EMUと欧州中央銀行は治療不可能な欠陥を負ってしまったと、多くのコメンテーターが書いている。誰もがより適切で好ましい解決がたくさんあったことに合意するだろう。それにもかかわらず、被害は予想よりはるかに小さかった。適用されている立法上、制度上の枠組みにより、ドイセンベルク博士の任期が4年で終了した後も、欧州中央銀行の独立性は議論の対象にならないからである。もちろん、ドイセンベルク博士の後継者は別のスタイルを持ち、通貨政策の実施方法について微妙な違いが生じるだろう。しかしながら、ヨーロッパの物価を安定させるという、中心的で基本的なコミットメントに、決して異議を唱えないだろう。金融市場はこの基本的な側面にすぐに気づいたため、ドイセンベルクECB総裁という奇妙な任命に関する問題は、数週間で忘れられた。

もう一つの事例は10年前にさかのぼる。イギリス政府と欧州委員会の間で議論が続いていた1980年代後半である。当時、サミット開催前には、両者の立場には大きな隔たりがあり(強硬な公式の宣言が、この印象をさらに強めることになった)、考えうる最低限の妥協にさえ到達しかねるように思えた。しかし最終的には、予想よりはるかに良い妥協が合意された。そして単一市場プログラムの出発、単一通貨とEMUへの道を開いたドロール委員会の功績、欧州共同体の資源の増大など、素晴らしい結果がもたらされた。欧州委員会の信頼度は論争により低まることはなく、高まった。欧州委員会がより強く、より統合の進んだヨーロッパを建設する努力において、実用的な態度と柔軟性を示し、独断的態度を遠ざけることができたからである。

現在の論争に話を戻すと、二つの側面を考慮しなければならない。第一に、我々は非常に極端な状況に直面している。EUの歴史上初めて、EUの4大加盟国と大半の加盟国において社会民主主義者が政権に就いているのである。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION