国際社会の指導者達が今日直面しているのは、ロシアの国内政治の置かれた状況をこれ以上悪化させ、その結果外国人排斥や外国嫌いを伴う極右民族主義を唱える政治家達の立場を強化することを避けながら、NATOの拡大過程をうまく管理してゆくという困難な仕事なのだ。そしてこれは、相手に脅威を与えないやり方で、しかもその結果、NATOの拡大と活動の双方の領域でロシアに拒否権を持たせるといった過ちを犯さずに実行されねばならないのだ。このようなやり方を補強するためには、幾つかの現実的ステップを考える必要がある。まず、ヨーロッパ大陸に東西を分かつ新しい分水嶺が出現するのを避けるために大きな努力が払われるべきだ。アジアに対する安全保障上の影響も考慮に入れられなくてはならない。今日世界が置かれたグローバルな経済不況の下では、国際環境に起きる変化の管理には慎重な態度で臨むことが、かつて無い程必要となっているのだ。
1. NATOの拡大
冷戦が終結した今日、東欧の諸国はいまだに自らの将来の安全保障に不安感を抱いている。半世紀にもわたって続いたソ連による軍事占領と支配についての苦々しい記憶が残っているので、東欧の諸国民は、政治家をも含めて、彼らに長期にわたる安全保障を提供してくれるようなメカニズムを求めている。東欧のいずれの国をとっても、単独でロシアの拡張主義が復活した場合、それから身を守る手段を持ち合わせてはいないし、たとえ東欧諸国が束になってかかっても、再起したロシアが西に向かって行進するのを阻止できるわけはないのだ。このような現実を前にして、東欧諸国はいま、西ヨーロッパ諸国の場合非常にうまく機能したこの国際的な安全保障機構の中に東欧全体が恒久的に、安住できるようになるための仕組や約束を探し求めている。軍事同盟への参加の機会などない今となっては、東欧の諸国は、ポーランドがその良い例だが、国際連合憲章と、死文と化したCSCE合意文書以外には、自らの安全保障のために頼ることのできる国際的枠組は何も存在してはいないのだ。ある論者の表現を借りれば、東欧地域とは、いかなる安全保障同盟にも属さない地政学的空白地帯なのだ(2)。
EUは経済的安定と支援を提供するが、その対外・安全保障共同政策(CFSP)なるものは未だに未熟な初期段階にある。EUは大きな経済力に加えて、政治問題の討論フォラムとを持っているが、自前の軍事力は全く持ち合わせていないのだ。西欧同盟(WEU)は、最初はドイツの再軍備を管理するために創設された条約機構であったが、今ではEUに並んで存在する軍事関連機関である。しかし、最初の組織目的が異なっている事情もあって、その新しい機能については現在も模索が続いていて、米国の参加によって補強されたNATOの誇らしい政治的、軍事的能力に比肩できるものは、WEUには全く持ち合わせがないのだ。ヨーロッパ安全保障・協力機構(OSCE)-CSCEの後継者-という組織は、具体的な安全保障の分野に関するかぎり参加国にとってはWEU程も役に立たない存在だ。