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第1セッション

 

欧州統合と国民国家の変容

 

駐日欧州委員会代表部公使

ナイジェル・エバンス

 

これから申し上げるのは極めて大づかみの所見ですが、本筋に入る前に一般的な見解を二つ述べておきたいと思います。

 

第一に強調したいのは、欧州連合(EU)は静的なものではなく一つの過程であることです。フランス革命200周年記念に、フランスの歴史学者フェルナンディ・ブローデルへ行われたテレビ・インタビューは印象的でした。「先生、それではフランス革命の真の結果とはなんでしょう」と食い下がるインタビュアーに、ブローデルはしばらく間を置き、大真面目に「結果を判断するには早すぎる」と答えたのです。このことに触れたのは、欧州の連合は40、50年を経過しているものの、未だ歴史的には出発点に立っているのだということを思い起こす必要があるからです。先はまだ長いのです。

 

第二点は、比較的短期間、特に最近15年間に達成された物事を考慮すれば、EUはまれに見る成功を収めてきたにもかかわらず、その問題点ばかりに目が向きがちだということです。「欧州」という言葉は、今でも少なからぬ成功ではなく、固有の問題点によって定義付けられているようです。ところが、欧州の「問題点」は実際には成功の所産なのです。戦後の和解、国境の撤廃、相互承認といった、欧州の収めてきた成功が目に見えにくいものだったことがその一因でしょう。しかし、ユーロの導入により、過小評価されてはいるものの、EU内外でEUそのものへの認識が高まる良い効果が現れるはずです。

 

欧州統合と国民国家の変容という我々の議論のメインテーマは、直ちに難しい問題提起につながります。欧州連合とは何か、国民国家とは何かといったものです。ご存じの方もおられるでしょうが、国民国家の基礎となるウェストファリア体制が崩壊してしまったか、急激な崩壊過程にあり、古典的な近代国家の周辺で二つの流れが生じているという分析は衝撃的でした。第一の流れは、前近代国家と呼ばれてきたものへの逆行です。これは、あらゆる形態の国家的権威の崩壊を伴い、例えばアフリカの一部地域に当てはまるようです。第二の流れは、国民国家の脱近代国家と呼ばれてきたものへの発展です。それは、換言すれば、国家の枠組みを超えた法秩序を備え、その程度は様々なものの一定の相互依存、干渉を内包した機関ということでしょう。これを脱近代国家と呼ぼうと、半国家と呼ぼうとかまいませんが、EUにおいて議論されてきたのはまさにこの種の構造なのです。

 

 

 

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