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私の住んでいる大田区のホールは壁面が少しずつ回転して反射が変わるようになっています。ホールにおじゃまして最初にスタッフが「今日は反射板どうしましょう?」と聞いてきます。一緒に相談して、まずホールの響きを作るというようなことをやったりします。音響というのは本来そういうことを含めて音響なんじゃないかなと思います。

(PAとSR)

われわれはPAという言葉とSRという言葉を使います。PAというのは単なる拡声、ないしは伝達と思ってください。PABLIC ADRESS、伝達という意味なんですね。大衆に向けて伝達をする、いうなれば私の声を皆さんに伝達するシステムである。本来はPAシステムというふうにくっつけて、ハード的な単なる拡声ということをいっていることが多いです。

それに対しSRというのは、SOUND REINFORCEMENTという言葉です。リインフォースメントというのは、補助する、補強するというような言葉が辞書を引くと出てきます。サウンドというのは単なる音ではなく、「ある表現意図を持った音」なんです。それをいかに補ってあるいは補強してお客に伝えるか、あるいはお客に届けるかというのがサウンドリインフォースメント、だからただ拡声をすればいいだけじゃないある種の意図が加わってくるはずだ。これがSRだ、という考え方を教わりました。

(源音とは何か)

源音とはなんだろうという話になります。例えばピアノがいい例でしょうかね。ピアノの源音って何だ。理屈から言うと理想的なホールで理想的な客席の位置で聞いたのが源音となりますよね。でも、それを拡声するわけにいかないので、ピアノのそばにマイクを立てます。まずはピアノの響きをよく聞いて、ああこういう響きなんだなと思ってからマイクを立てるというのがやるべき第一の仕事です。で、どれが一番ピアノのイメージに近い音かなあ、まさにイメージに近いということしかできないんです。ピアノにマイクを突っ込んだら本当のピアノの響きじゃないですよ。でも、そうしなかったら拡声できない周りの環境がいろいろあり、そうせざるを得ない。そうするとスピーカーから出た音は生の音とは似つかない音になっているはずです。それをいかに元の音に近く聞かせるかということになるわけですからそれがSRという考えがでてきたいわれかなと思います。

ですから、我々の仕事の中には、申し訳ないけどお客さんを結構ごまかしているということもあります。

(よくない音響とは)

よくない音響とは、と書きましたが、演じてるイメージと受ける側のイメージとの間に我々は割って入って仕事をしなきゃいけない。ノイズがあったらいけないし、ハウリングがあったらいけない。さらに、求めなきゃいけないのは演じてる側のイメージというのは、いったいどういうことなのかなということと、客席の方でこれは心地いい音だなと思う音はどういう音かなというのを両方理解して、それをなんとか結びつけるという役割になるわけです。

(音響のよいホール)

ホールの音響さんの話になりますが、気の毒な立場にいらっしゃるな、と思います。次にホールを作る時にぜひ考えてほしいんですけど、音の聞こえないミキサー室で音を作れというむちゃな要求を誰がしているんですか。ホールの中に舞台空間の中に共有しているものがあって初めて舞台文化なのに何でわざわざ断絶したところにミキサー室をおくんですか。基本的には変ですよ。そこであてずっぽに作っている音を客は聞かされるということになるじゃありませんか。

本当に気の毒だなと思います。お客がどう聞こえているか全く分からないミキサー室での仕事はこわくてたまらないですよ。施設を作る方って何考えているか分からないですけど、それが何十年と変わらない。

(優秀なミキサーほど走り回る)

優秀なSRオペレーターというのはほんとによく客席の中を動き回ります。お客さんはここにもそっちにも、2階席にもいらしゃるんですから。ぜひお客さんにどう聞こえているかは何回も確かめてください。リハーサルの時に聞いた音と本番では絶対変わっていますから。

 

 

 

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