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たとえば、鰐塚山の清流を利用して、作付けしたワサビ田を荒らすようになった。猪の害を防ぐ目的もあって、インガリのほかにシシワナを仕掛ける。彼女によると、罠は足クビリ(くくり)か胴クビリであるが、前者を用いる場合が多い。間違って犬がかかると、胴クビリは致命的であるので、あまり仕掛けないことにしているという。それにハネ木が強力であったり、高かったりすると違法罠とみなされ許可されない。かつては落としの圧殺罠や鉄砲罠もあったと聞くが、鰐塚山麓では見かけたことはないという。猪の体内に血を放出させるような狩法は邪道であり、足クビリだと捕獲しても生きている率が高く、血が固まらない。ワナは週に一回ぐらい見に行けばよい。いまは猟銃の事故を恐れて、ワナに換えるカリンドも増えつつある。女猪狩りはいう。「ワナは二十四時間体制、丸どりであり、鉄砲は日の出から日没まで、その上に面倒な捌(さば)き分けをしなければならない」と。

大物狩をひとりでやってのける新谷さん。勿論「日狩り」であり、カクラ(猟揚)は熟知している周辺の山、楽しみは集落の人々や知人にタマスワケ(肉の分配)することだという。

 

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九州山地の霜月神楽では、猪の首を山の神へ献饌として供える習俗がある(宮崎県西米良村村所)

 

◎米良山における猟犬の葬送儀礼◎

 

山地の暮らしにとっては、焼畑による生産と狩猟とは不可欠の経済行為であった。焼畑の主役はテゴリ(結い)によるムラの人々であり、狩猟の主役はいうまでもなく猟犬である。こういった意味あいでは、平地稲作地帯の役馬・役牛にも匹敵するほど、犬は飼育価値を持っていた。特に大物(猪・鹿など)狩りでは、犬八割、銃の腕二割といわれる。大種により向き不向きがあり、シシイヌ・ウサギイヌ・タヌキイヌなどと使い分けもするが、シシイヌには地犬のマジリ(雑種)がよいと聞く。シシイヌに仕立てるためには、決して小物を追わせてはならないという。カリンドは普通には五匹ぐらいを飼育し、仔大を導入した場合は、実績のあるハナイヌ(要領を習得した古参犬)につけて実地に出入りさせ、生後三カ月目あたりから訓練する。生計をたてる手段でもあったわけだから、愛着もわくというものだ。要は犬の性格をよく呑み込んでかかることが肝要、実地にカクラ(狩倉)を踏ませると、それぞれの持ち場をわきまえるようになる。

暦法による「猟占(りょううら)」なども行われたが、猟を効(き)かせるためには山中の禁忌を守り、入山するに当っては、カケグリ(シノメ竹を二つ折りにした神酒筒)をかけ、ゴク(食物)を供え、出の神に豊猟を祈願した。また、猟師はオコゼ(ヤマオコゼ・ウミオコゼ・カワオコゼ・ハネオコゼ)などを携帯し「猟効き」を祈願した。

 

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豊猟を願って猟師が携帯したハネオコゼ(宮崎県西米良村村所)

 

 

 

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