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猟犬が崖から落下し不慮の死を遂げたり、あるいは猪の牙にかかったり、罠にはまったり、誤射されたりして死んだ場合、その処置をどうするか。どのように祀(まつ)られるのか。死んだ犬の霊を指して、コウザキ・コウザケ・あるいは敬称をつけてコウザキさま・コウザケ殿などとも称する。また一方では、コウザキは獲物の心臓を指していうこともあり、これをナナキレザカナととて猟の神に供える。コウザキは狩に対し、殊にに呪力を持つ山の神の性格を賦与(ふよ)されているともいえようが、反面「イヌツキ」の例にも見られるように、祟(たた)り神の性格も持ち合わせているようである。かつて猟犬として山野を駆けめぐった足跡、今はその場所近く彼(か)のくにの「猟神」ととて祀られている。死犬の霊はこの世からあの世へ、思うに猟一途の魂が昇華した結果なのである。これが「コウザキまつり」。

コウザキの御神体は、十五センチから五○センチほどの自然石が多く、路傍の樹下や林中など野外に祀られている。獲物があると必ずナナキレザカナをこさえ、串刺しにして、カケグリ・御幣とともに供える。猟師独特の信仰対象であると同時に、山の神へ加護を願う。献じたナナキレザカナがいち早くなくなると「猟が効く」といい、猪はコウザキを祀る付近に出没するものだとも伝えている。ちなみに、銀鏡神楽で著名な銀鏡神社の『大祭準備控』(浜砂正信(はますなまさのぶ)家文書)には、「七コウザケ幣あげの場所」として、七人の狩人を配し、その場所を明記している。古くは奉賛の儀で「コウザケ狩」を行ない感謝する習わしであった。このようなことから、コウザキまつりは山の神への誓心と感謝をあらわし、犬の霊(やがて山の神になる)を鎮める祭儀といえるようである。

それでは、死犬は実際、どのように葬送するのか。猟事において死んだ犬は、持ち帰って埋めてはならない。猟場の適当な傾斜面に棚掛(たなが)けをして、その上に死犬を乗せる。死体に柴をかけておくこともあるが、たいていは何もかけない。つまり、棚ざらしのままである。次に、猟師は現地まで神職に来てもらい、ミタマシズメをしなければならない。棚の前には二本の竹製の酒筒に神酒をそなえ、両脇にローそくをたてる。犬の好きな握飯や魚などに加えて、塩・洗米も供える。さらにコウザキ(猪肉七きれ)を串刺しにして供え、猪の毛を割り串にはさんで立て、十二個の石を置く。(児湯郡西米良村中武雅周(にしめらそんなかたけまさちか)談)

こうして犬の霊を鎮め、神職は用意してきた小幣にミタマウツシをする。死犬は鳥獣に食べさせて魂を送るのだという。ミタマウツシをした小幣を当該の「トコロのコウザキ」(猟神)まで持ち帰り、再び新たな幣に移しかえて両幣ともおさめる。犬の死霊は祀られて「イヌコウザケ」となるのだが、このような鎖送の儀礼を営まなければ、それ以降は決して猪は獲れないものだという。死犬を棚ざらしする葬法は、南九州に共通する鎖送の仕方でもある。

<宮崎県立看護大学教授>

 

59頁下の写真を除きすべて筆者撮影

 

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和紙に包み携帯すると「猟が効く」といわれたウミオコゼ(宮崎県椎葉山不土野)

 

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犬の死霊を祀るコウザケ、イヌコウザキなどともいう(宮崎県西都市銀鏡)

 

 

 

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