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イノシシとシカの猟法 前田一洋

 

◎消えたクマとオオカミ◎

 

藩政時代から育林に主眼が置かれてきた九州の森林も、明治三十七年(一九〇四)以降は大きく様変わりをする。それは日露戦争による膨大な戦費を調達するため伐採事業が急激に進み、さらに伐採後は杉檜を主体とする人工造林の促進がなされてきたからである。

こうした事態は、当然に山の生態系にも影響を及ぼした。例えば、クマやオオカミの絶滅である。『太宰管内志』には「五箇山(現在・熊本県八代郡泉村五家荘地区)の辺は、また熊の多き山なりといふ。故に年毎に熊ノ皮五枚を熊本の殿(細川)に献るといふ。五箇山の熊ノ胆うりとて筑前辺にも来たる事あり」と見え、富岡(現在・天草郡苓北町(れいほくまち)代官所の巡検使のスケッチにも、庄屋の嫁がクマの子に自分の乳を飲ませている絵図がある。

さらに狩猟動物の供養塔である「千匹塚」にオオカミが存在したことを証拠づけるものもある。それは大分県玖珠郡九重町筋ノ湯に建てられた寛政十二年(一八○○)の碑で、「供養狼猪鹿千五百疋 湯坪村 喜蔵」と記されている。それにしても千五百頭とは獲れば獲ったものである。しかも一人の猟師が。

しかし現在、これらの動物は微かな消息はあるものの、その残存の確認は久しくとれていない。ただ幸いなことにカモシカだけは国指定の特別天然記念物ということもあって、どうやら絶滅から救われてはいるのだが。

こうしたことから、九州脊梁山地で狩猟の対象になっている大型獣は、今やイノシシ(単に「シシ」とも呼ぶ)とシカの二種である。そこで、これらを捕獲するために従来行なわれてきた猟法について、その概略を述べることにする。猟法を大別すると犬を使った銃での巻き狩りと、獣の習性を逆手にとった罠猟になる。なお猟の際、猟師たちが使う特殊用語の狩りコトバについては、本文の中で逐次紹介していきたい。

 

◎イノシシとシカの巻き狩り◎

 

両者とも森林内を主な棲みかととている点は共通しているが、イノシシは夜行性で雑食なのに対し、シカは昼行性で草食という基本的な違いがある。またイノシシは場合によっては犬や人を逆襲することもあり、猟には危険が伴う。しかしシカは逃げる一方のことが多く、一足跳びで山の下方に走って谷川に入り、鼻先だけを少し出して難をまぬがれる。

それにもう一つ、これらの動物には特徴ある習性がある。イノシシは肌についているダニやシラミを駆除するために、「ニタうち」をする。

 

 

 

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