日本財団 図書館


この本殿で神事が終わると、神社の裏手から「ユードー」とおらぶ(叫ぶ)声が聞こえる。「ユードー」の意味は不明だが「結う」に関連する言葉ではないかと考えられる。この地方では農作業などの共同作業を「ユイ講」と呼び、それに関連する言葉は、国東半島や湯布院辺りまで分布するのである。山人は、おらび声を発したあと、榊を肩にかついで、いっさんに田の中を走る。そして、一キロほど離れた田の中にある「神の柿の木」にその榊を縛りつけ、神社へと帰る。山人は、腰に荒縄を巻き、鉈を差しただけの、普通の山仕事のいでたちであるが、「ユードー」の声を発し、榊をかついで田を走る間は神になっていると言われている。また山人は山の神の使いだとも伝えられる。山人走り神事は、これで終わる。以前は、前夜、または神事のあと、神楽が奉納されたというが、現在は消滅している。

日吉神社のやや下手に、うそぶき八幡神社がある。「うそぶき」の意味は不明。猿の鳴き声を「嘯く」というから、やはり日吉信仰と関連しているのだろう。ここでも神社本殿前の柱に赤・青一対の「火の王・水の王」がくくりつけられている。うそぶき八幡神社の山人は、白装束をつけ、腰に鉈を差し、神社から集落へと走り出る。山人は二人である。声は発しない。山人は集落の外れの七つ石と呼ばれている巨石まで走り、その石に腰掛ける。それで神事は終わりである。近くの集落では神楽が舞われている。豊前・求菩提山麓の山人神事は修験道の影響をつよく受けながら、山神信仰と混交しているように思える。

 

◎ケベス祭りの山人走り◎

 

大分県国東半島の北端に位置する国見町には、さまざまな祭りが伝わっているが、なかでも、岩倉八幡神社に伝わる「ケベス祭り」は奇祭として知られる。ケベスとは、「蹴火子」である。祭りの一週間前、祭りを行う「トウバ」が総出で山に入り、葛の蔓と芽を切り、「カムホヤ」と呼ばれる小屋を造る。カムホヤとは「神小屋」であろうか。そしてこのカムホヤに「ジンドウ様」と呼ばれる神を迎える。ジンドウ様とは、箱に入った神面で、猿田彦だともいわれるが、だれもその面を見ることはできない。ジンドウ様は、祭りの当日、行列を先導して、浜近くにある神社へと向かう。ケベス神ははるか昔、この地区の櫛来(くしく)という岬の突端の浜辺に漂着したと伝えられる。祭りの日、トウバは海に入り、禊をする。祭りが始まるとケベス神は、村人(トウバ)が守る火を襲い、奪おうとする。

 

031-1.jpg

榊に猿田彦の面、シトギ、芽の輪付けている左・山中の祠での神事

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION