◎トータルな「パフォーマンス」の方向に変貌する◎
さて、サーカス芸本来の伝統をいかし、内容の濃い公演をつづけるサーカス団が健在な一方で、このところサーカス界に異変がおきつつある。フランスのヌーヴォー・シルク(「新しいサーカス」という意味)と呼ばれるものを中心にして、サーカス芸そのものやその見せ方・構成の方法などが、大きく変化しつつあるのだ。これは、フィリップ・アストレイ以来の、近代サーカスの歴史のなかでも特筆すべきことである。
まず一九八〇年代前半にカナダに出現したシルク・ドゥ・ソレイユというサーカス団。動物のまったくいないサーカスを標榜し、音楽と色彩とアクロバットが織り成す華麗なパフォーマンスを実現した。衣装もこりにこっているし、照明のつかいかたもうまい。舞台装置の斬新なデザインも眼をひく。芸人の技倆も一流である。このサーカス団が今までのサーカス団と画期的にちがうのは、なにを見せるかよりもどのように見せるかに徹底したことである。このサーカス団のアメリカ、ヨーロッパでの絶大な成功は、世界のサーカス界にセンセーションを巻きおこした。
しかし、一躍時代の寵児になり、ふたつのグループに別れてふたつの都市で同時公演するなどしているせいか、一〇年前に比べると魅力的な集団演技が少なくなり、個人技にたよったりするなど、質感が薄まってきた感がある。シルク・ドゥ・ソレイユは、すでに三回の大掛かりな来日公演を果たしている。世界のあちこちから有能な芸人を引きぬき、個人技をふやせば移動公演する際の経済効率はよくなるが、このサーカス団本来の魅力であった集団のダイナミックで幻惑的なパワーが減じてしまう。世界のサーカス界を席巻したシルク・ドゥ・ソレイユが、今後どのような方向に向かうのか、動向が注目される。
◎サーカス芸と他ジャンルとの融合◎
サーカスの伝統があるヨーロッパでも確実に、大きな変化のうねりが起きつつある。イギリスではジム・ローズなどの伝統的なサーカスの状況は内容的によくない。子供・家族志向がつよくなり、芸の質が低下している。他方、ロンドンにサーカス・キャバレーなどというものが出現して、若い観客層の人気をさらっている。客席には丸テーブルと椅子がいくつもあり、客はパブにでもいるように酒類を飲み、つまみを食べながら、空中ブランコや綱渡りを見る。音楽は、かなりの音響でロックがガンガン鳴っている。一九二〇、三〇年代、キャバレーやミュージックホールが盛んであったころの雰囲気とサーカス芸を混ぜたのだろうか。あるいは、当時のバラエティショーの延長線上にあるのだろうか。いずれにしろ、これは既成のサーカスの興行システムに飽き足らない若者たちが考えだしたものである。クラブ、ディスコ、ロックコンサートにゆくが、サーカスのテントには入らないというような若者たちも、好んでこういうところにはやってくる。
もうひとつイギリスでは、フィジカル・シアターというものも盛んになりつつある。演劇的な構成をとりながら、つまり、キャラクターを演じながら、アクロバットやアクロバットまがいのことをやる。