風を受け、 一様にかしぎ立つ防風林。厚く固い豆の鞘(さや)。軒低く耐え入るように立つ家々。のちに吉田東伍の「大日本地名辞書」にその故郷、安田の項を読んだとき、風が生んだそれらの風景は改めて、昔から連綿とつづく人々の暮らしと知恵をのせ、時間のうねりとなって、目の前に広がってくるのだった。
田ぬるむ頃、光溢れる空に、太鼓と鉦(かね)の音にまじって、女たちの念仏がのぼっていく。村辻に鎮座する虫地蔵。毎年四月、村の婆さまたちが数珠を繰って唱えるのは、古くより伝わる虫送りの念仏である。
この流域では昔から、川原の薮に入った者に奇病の出ることが知られていた。春、雪代水(ゆきしろみず)が流れると、川は溢れて大地に水を冠(かぶ)せる。流れが残した肥沃な土地に、人は耕作地を求め、そしてつつが虫に刺された。働きざかりの者を襲って死に至らしめるこの熱病を、つつが虫病と呼んで、長い間、川筋の人々は恐れてきた。
船乗りが多く、安田でもとくに暮らしを川に頼ってきた千唐仁(せんとうじ)は、つつが虫送りの念仏講を今も守る数少ない集落のひとつである。
赤いべべに赤頭巾。雪舞う頃にはメリンスの着物と帽子。村辻のお堂に納められた虫地蔵には、だれが着せるのか、季節の足音とともに衣替えがされ、野の花が供えられる。