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4-1.中規模渦の発見と世界海洋循環実験(WOCE)計画

その一つの例として、中規模渦の発見が世界の海洋物理学の動向を大きく変えたことが上げられる。ストンメルが世界の深層循環の模式図(図6)を発表した後、これを実証しようとして種々の試みがなされた。その一つに定められた深度を漂流する中層フロートの開発がある。

1cm/secかそれ以下と予想される深層流でも、長時間にわたってフロートを追跡すれば、その流れが検出できるであろうというのである。しかし、実際に実行してみると、フロートは30cm/secを超す速さで、図7にその例を示すように100km程度の直径を持つような円を描きながら流されたのである。このことは、深層流が「1cm/secかそれ以下という遅い流れである」という予想を覆すものではない。ぐるぐる回る流れの平均をとれば、実質的な流れは小さいものになるからである。

問題はその周期が100日程度と長いために、正確な平均値を求めることが非常に難しいことである。このため、1970年代の海洋物理学の主要な研究対象が、この中規模渦に移るという事態が生じたのである。

面白いのは、海洋中に無数の渦が恒常的に存在することが観測・データで明確に示された途端に、計算機の中でシミュレーションされる流れも、渦だらけになったことである。

その側を図8に示すが、粗い格子で計算された大循環が従来から考えられてきた「海流系」を明確に示すのに対して(図の左)、細かい格子を用いて計算すると海は渦だらけになってしまい(図の中)、計算を長く続けてもこのような状態は解消されない。ただし、これを500日位にわたって平均すると、図の右に示すように粗い格子の計算結果にほぼ対応する定常的な海流図が現れるのである。

このような渦は、海洋中の混合過程や、熱の輸送に大きく関わってくるために、世界の気候変動を予測するための海洋のシミュレーションでは、この中規模渦を再現しなければならないことが分かっている。

しかし、台風のような大気中の渦の大きさは1,000km以上もあるのに対して、海洋の渦の大きさは100km以下であり、1980年代においては当時利用し得る最大の電子計算機を利用しても、海洋の小さな渦を十分に分解するような世界の海洋循環の数値実験は、事実上不可能であることが示された。1990年代に入って実行に移された世界海洋循環実験(WOCE)は、気候変動の予測を目指すものではあったが、「実際に予測する」計画は含まれていない。

 

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北大西洋西部の約700mの深さに放流されたフロートの流路図(Rossby et al., 1983)

図 7

 

 

 

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