2. 全般成果・所見並びに今後重視すべき事項
(1)公海の自由航行阻害要因
海上保安庁も関心を寄せている海賊問題、原子力発電所用の核燃料の輸送等の問題も今後積極的に取り上げていく必要があるが、本プロジェクトの研究によれば、公海の航行の安全を阻害する要因は次の6点に要約できる。
1]自然災害あるいは事故による障害、
2]海賊による被害、
3]海運のシステムに関わる問題
(コンピューター・ネットワークの破壊、海運組合のストライキとか乗員の乗船拒否など)
4]ある国の特定海域に対する一方的な使用制限
5]地域紛争による航行安全の阻害
6]ある国ある勢力が意図的に行なう航行の自由に対する妨害。
1]〜3]は、多国間の集まり(マルチラテラルな協力体制)による比較的低次元の軍事手段で対処可能であるが、4]〜6]は強力な軍事的手段の後ろ盾なしには対処困難である。特に6]は軍事力抜きには解決できない問題であり、航行の自由を確保するには、4]〜6]も併せて検討する必要があろう。方向的には日韓、あるいは日米韓の協力体制を含めたアジア太平洋地域全般の協力体制のあり方を今後は研究すべきであろう。
しかし、アジアはヨーロッパと異なり政治体制から宗教、文化など総てが多様であり、これらの国々が共通の価値観を共有し、共同体の形で対処するにはかなりの困難が予想されるので、当面は、海洋国家という自由貿易体制と民主主義という価値観を共有する国家群がまず連携し、その外郭にASEANや拡大東南アジア連合(ARF)などの多数国家群システムを加えた形を推進することとし、そのために、「公海の自由航行」が世界の安定や各国の繁栄に連なることを啓蒙してゆくべきではあろう。この観点から民主主義国であり、自由貿易体制を国是とし日本との安定的海上交通の確保が不可欠なオーストラリア、海外貿易が国家の生存と繁栄に不可欠な韓国などとの交流をより強化すべきであろうと考えられる。すなわち、第一段階としてはオーストラリアや韓国、それにアメリカやカナダなどを加え、これらの海洋国家群の共通の価値観(マリタイム・バリュー)であるデモクラシーと自由貿易を紐帯とした協力体制を確立する必要性を啓蒙すべきと考える。
(2)包括的海洋問題研究所の創設と国際的海洋研究機関のネットワークの構築
日本では個々の問題については、農水省、海上保安庁、運輸省が担当しているが、それぞれ縦割り行政の影響で包括的視点を持ち得ない。海洋問題を国家的な立場から検討し、安全保障から貿易などの経済問題、安全航行、漁業、境界線の確定の問題、海洋科学技術の協力問題、資源開発問題までをも総合的に含めた海洋研究を扱う包括的海洋政策を研究する専門機関や研究所が日本にはまだ存在していない。これは国益上大きな問題であり、包括的海洋政策を研究する専門機関の創設について検討すべきであろう。
本事業を通じ海外の研究機関や研究者との連携協力網の拡大・確立に努めたが、これら海外の研究機関や研究者との意見交換を通じて痛感したことは、日本に海洋問題を安全保障を含み総合的に研究する機関がないということで、それだけに本事業は海外で注目され期待され、本事業に対し積極的なアプローチがあったのであろうと考える。海外の研究機関への戦略的な支援を今後どのようにすべきかは国益に連なるものであり、その選定には慎重な検討が必要であるが、次の機関や個人は今後事業を継続する場合、重視すべき対象であろう。