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しかし、歴史に依れば、林も魏もいずれも皇帝から退けられ、官僚機構の力学均衡によって、最も愚かな戦略が選択されたのである。

決戦の勝敗の帰趨など、歴史にはいつも逆転のチャンスが存在するが、このような「歴史のチャンス」は、単なる偶然の産物にも似るもののそれだけで理解することは適当ではないとも戚氏は強調している。戚氏は、歴史が与えるチャンスをつかめるかどうかは、その國の為政者に戦略観あるいは大局観があるかによるとしているので、単なる僥倖だけではこれを掴むわけには行かない。他方、いくら優れた経綸を蔵していても、林則徐や魏源の様にチャンスがなければ用いられず、不遇に終わるのもまた事実である。

戚氏が指摘する「歴史のチャンス」と為政者の資質という考えは当時の日本を理解するためにも逆に役立つものである。即ち、明治政府に与えられたチャンスは、僥倖、偶然にもよるものだが、一部の指導者に大局観があったためそれをうまく掴んで成功したのだ、というのが著者の結論である。著者は日清の指導者の比較を行い、例えば、明治天皇の内帑金の海軍への支出と西太后の頤和園への浪費を比較するなどの評価等を行い、その差を強調している。

 

五 終わりに-歴史と戦略

 

歴史には仮定はあり得ないが、戦略論は、仮想敵の設定を初めとして多くの仮定を前提としている。したがって、歴史では禁じ手の「もし」が戦略論では許されるとして、「晩清海軍」の歴史の中で、19世紀前半の日本にとって一番恐怖な仮定とはなんであろうか。

 

 

 

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