しかし、それらは史料に基づいた批評であり、イデオロギー的な「日本軍国主義批判」ではないので、日本の読者にとっても一つの見方として十分受け止められるであろう。
一言で言えば、戚氏の研究の特色は「トウ小平理論」の「実事求是の精神」の影響を受けているというものであるが、著者のこの実証的な姿勢は、前書きにもあらわれているとおり、「近代海軍の発生と発展は中国近代化運動のひとつの主要な内容であり、重要な構成部分である。海軍の発生と発展を近代化という一つの過程の中において、単独・個別に考察を行わないで始めて、その成功と失敗が正確に理解できるのである」(6頁)という総合的な方法論に端的に表されている。
更に、同書の特色を以下に示したいと思う。
(1)清朝末期の戦略観の変遷を、海軍史の舞台回しの重要な要素として概説している点が類書に例を見ない。
まず、阿片戦争期の魏源の著作には、海軍(「水師」)、商船(「海運」)、華僑による海外基地(「漢人自立長領」)から構成される一種のマハン的な「海上権益論」が認められると指摘している(44-48頁)。これについては戚氏は台湾の学術研究成果に影響を受けたと認めている。19世紀前半、阿片戦争以来の国家的危機に面した先覚者である魏源と林則徐の戦略観が、後の海軍発展の基礎となっていったことをまず指摘している。
更に、北洋艦隊の設立以前の清朝の国防戦略論争が紹介されている。則ち、大きく分けて東南の海域をイギリス、フランス、日本等から防衛すべきという李鴻章の「海防論」、そして、新彊をロシアから防衛すべきという左宗棠の「塞防論」が議論を闘わしたのである。結局清朝は両方を折衷して、新彊省の設置と北洋海軍の設置を行うが、戚氏はこれに一定の評価をしている(200-202頁)。