その後、80年代は、中国の改革開放政策の深まりとともに、中国では、新たな国際情勢に対応することを研究する「対外戦略ブーム」が興った(参考文献(4)271頁)が、そうした中で、「海軍戦略」は、ようやく、1994年に約50年振りに中国海軍司令部の助力で中国で、同じ蔡氏による訳で、「参考になる資料」(参考文献(2)前言)として出版された。まさに、近代中国の事がらは、ことごとに、一般日本人の理解を超えて傳奇的とも言えるのであるが、同書の出版は、決して上記の90年代初頭にみられた中国の海上権益への目覚めと無縁のものではない。いずれにせよ、90年代、「海軍戦略」は、海軍史あるいは国際情勢を理解するための一つの枠組みとして、研究がようやく開始されたと考えることができる。
四 90年代から清末への視座
こうした90年代の動向を背景に、豊富な資料を駆使して造られたのがこの「晩清海軍興亡史」である。阿片戦争から辛亥革命まで、清朝時代晩期の近代的海軍の建設と滅亡を通史として述べている。本書の特色は、前著の「北洋艦隊」同様、資料をもとに、海戦やあるいは海軍の建設につき客観的に読み解く実証性である。中国人にとっては、本書は余りに悲痛な海軍の興亡史ではあるが、少数派であったが正しい判断をした例などの実例がいとわず引用され、また時に格調高い白話文体を交えて叙述していくので、読むにつれて人を引いて境に入るということになるであろう。また、戚氏は日本の近代化を清朝の遅れと比較して評価するだけではなく、その一方で、「長崎事件」や「豊島沖の奇襲」等日本の行動に対する眼は、非常に厳しいものがある。