このように不確実、不透明な冷戦後の安全保障環境において、自国の領土が侵略されると言うような伝統的な意味での脅威がなくとも、自国と国際社会のために紛争の芽を早期に摘み取ることが必要であり、そのためには、ボスニアの例が示すように対話だけでは十分な成果が得られず、「軍事力の限定使用」が重要な役割を果たすのである。その中でも、海軍力は先にも指摘した「制御性」の故に、1996年の台湾沖の空母部隊、湾岸地域に展開する空母部隊、1993/1994年のアドリア海において国連決議に基づきシャープ・ガード(Sharp Guard)作戦を実施した欧米11か国の海軍部隊、ボスニアにおいて飛行禁止空域維持に参加した空母搭載航空機、1990年のリベリアからの米外交官及び市民の救出における「サイパン(USS Saipan: LHA-2)」を主力とする両用戦即応部隊(Amphibious Ready Group)、1991年のバングラデシュを襲ったサイクロン被害に対する救援活動を実施した第3海兵隊遠征部隊(the III Marine Expeditionary Force)等多くの場面で特定の攻治目的達成のために重要な役割を演じてきたのである。不確実、不透明な安全保障環境、明確に認識できる敵が存在しない状況であるからこそ、「制御性」に優れる海軍力は重要なのである。
4 おわりに
マハンが提起して以来、商船隊の変容、科学技術の発展による輸送手段の多様化はあるものの国家が発展するために海運の重要性は変化していない。さらに、マハンは指摘しなかった重要な資源の供給地としての海洋の重要性は近年増大しつつある。さらに、第2次世界大戦後、特定の政治目的を達成するために軍事力を移動させる場として、さらに当該地域へ影響力を発揮する基盤として海洋は重要な役割を果たしてきた。海軍力は、既に見てきたように冷戦期以来、陸上、航空戦力に比し圧倒的に多くの事象に関与してきたのである。その主たる原因は、海軍がその制御性をはじめ多様性、機動性、通航性、象徴性等の機能によって水平線の彼方から事態に対応でき、必要が生じれば相手の視界内に入って明瞭な形で脅威を与えることもできる。しかも、その場合に事態のコントロールを失うリスクを負うことがなく、軍事力を撤収する場合にはより迅速に、より安価に国家の威信を傷つけることなく実施が可能だからである。国家が「海洋の利用」に関心を抱くのは次の三つの目的によるからであるとされている。