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この脅威認識の根底にあるものは、冷戦後の世界において国家が発展していくためには、民主化された平和な、安定した国際社会が不可欠であるという認識と言えよう。1990年8月2日、イラクのクウェート侵攻に際し、米国が軍事的に介入した理由はいくつか挙げることができるが、中心を占めたのはイラクのクウェート侵攻は中東の安定、特に米国及び同盟国にとって不可欠の石油の流通と米国及び世界経済における経済的安定、特に中東石油の価格と供給の安定に対する重大な脅威であるとの認識である*23。ボスニアの事象に対し、NATOがその域外であるにもかかわらずIFOR(Implementation Force)を編成・派遣したのは、ヨーロッパの安全は不可分であるとするパリ憲章の精神に基づき、ボスニアで生起した人種、民族、宗教グループ間の対立は、無実の市民の生命を脅かし、大量の難民を発生させ、国際的秩序・安定、特にヨーロッパの秩序と安定を損なうものであり、早期に収束させる必要があるとの認識に基づくものである。1991年から93年にかけての朝鮮民主主義人民共和国の核疑惑における米韓合同演習「チーム・スピリット」の取り扱い、1996年、台湾総統選挙に際しての中華人民共和国のミサイル発射訓練を含む一連の演習とこれに対する米国の2個空母戦闘グループの台湾近海派遣、いずれの事例も第2次世界大戦以前及び冷戦期とは明らかに異なる安全保障環境での軍事力の限定的使用である。米国は、新しい安全保障環境に対応するため新たな軍事ドクトリンのシリーズを制定した。中でも注目されるのが、「military operations other than war」という概念である。「戦争以外の軍事作戦」とでも訳するこの概念は、政治的考慮に基づき、政策遂行を補完、すなわち政策目標達成に貢献するするため、戦争にいたらない範囲での軍事力の行使を全て包摂する広範な概念である。これらには、戦争の抑止と紛争の平和的解決を目的とした平和創出活動、平和維持活動、非戦闘員の救出、対テロ・対暴動対策、平和の促進と文民当局の支援を目的とした航海の自由の確保、船舶の護衛、対麻薬対策、人道的支援等が挙げられる。これらの軍事力の使用には戦闘を伴うものと伴わないものとがある*24。「軍事力の限定使用」は幅広いスペクトラムを有するが、大きくは次の2つに分類することができる。その第一は、部隊の動員、プレンゼンスの維持・強化、部隊の展開等によって戦闘を伴うことなく相手の意志に作用して、相手の意志、政策を変更させようとするものである。その第二は、特定の政治目的を達成するための戦闘行動を伴った軍事力の使用である。ケーブルは、前者をpurposefulforce(意図的軍事力)、後者をdefinitive force(限定的軍事力)と呼ぶ*25。definitive force(限定的軍事力)は、国益に対する限定された阻害要因の除去を目的とすることから「外科手術的軍事力の使用」とも呼ばれる。

 

 

 

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