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マハンが主として検討の対象とした17、18世紀における商船に対する脅威は敵国海軍艦艇、敵国の私掠船及び海賊であった。しかし、現在、海上におけるテロ行為あるいは海賊による違法行為を除けば、水平線上に自国商船に対してはもち論、国際的海運に対する脅威はほとんどない*5と言って過言ではない。一方、1983年に紅海で生起したリビア貨物船による機雷敷設によって18隻の船舶が被害を受けた事象のように、海上におけるテロ行為に対し安全な航海の確保のために海軍力が使用される事例が増大してきている。この点については後述する。

第二の要因は、科学技術の進歩に伴う航空機及び陸上輸送力の発達である。宋代に建造された宋船とシルク・ロードにおける輸送力であったラクダを比較すると、宋船はラクダの約1500倍の輸送力を有していた*6。この傾向は、マハンが対象とした時代においても変わっておらず、だからこそ、マハンは海路による旅行も輸送も常に陸路によるよりも安易かつ安価であるとしたのである*7。1945年以降、航空機の発達は、民間航空輸送を発達させ、一方、自動車技術の発展と道路網の整備は、特にトランク輸送を発達させてきた。これらは、明らかに迅速性、簡便性においては海上輸送に優越するものとなってきた。しかし、世界の海上荷動き量と定期航空輸送量を比較してみると47億9千万トンが海上輸送されたのに対し、定期航空輸送は2300万トンを運んだに過ぎない。わが国に限ってみると国際輸送実績は国際航空輸送223万トンに対し国際海上輸送は8億5300万トンであり、その差は依然隔絶している。国内についても貨物輸送総計トンキロベースでの約半分は海上輸送に頼っているのである*8。もち論、海洋国家と呼ばれる日本の例がそのまま、国際社会における輸送の実態を表すものではないが、海上輸送が依然重要な役割を果たしていることは理解することができよう。さらに、万一、日本から米国への輸出車が、西海岸に陸揚げされ東海岸に陸上輸送された場合、パナマ運河を越えて海上輸送により直接東海岸に陸揚げされる場合より単価は約400ドル上昇するとの試算*9が示すように、海運は依然として安価な輸送手段なのである。このように、海運を取り巻く環境はマハンの時代と比較して様々な変化が存在するけれども、見通しうる将来、海洋はマハンが指摘したとおり依然として通商を支える安易かつ安価な移動を可能にするハイウェイなのである。

 

 

 

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