しかしながら、紛争は往々にして経済的な論理を超えて発展して行くものだ。いくつかの紛争シナリオのうち、おそらく最もあり得ないのは、域内SLOCsにおけるASEAN諸国間の船舶攻撃の可能性であろう。とくにASEAN諸国の間で高まっている懸念は、中国の行動をめぐるSLOC交通遮断の可能性、すなわち、台湾やスプラトリー諸島、そしてヴェトナムとの間で係争中の油田地帯を巡って中国と第三国との間に起こる衝突である。1995年の中国外務省発表によれば、同国は航行の自由に対するいかなる脅威をも否定して、次のように述べている。「中国は、スプラトリー諸島に対する主権、およびその海域における権利や利益を擁護しつつも、国際法規に従い、南シナ海における国際航路帯およびその上空を通過するいかなる外国船舶・航空機の航行の自由をも保障する。」7しかし、1996年初頭、台湾沖で行われた中国によるミサイル演習はかかる懸念を改めて高めた。台湾海峡やスプラトリー諸島をめぐる紛争の可能性に対する懸念は確かに現実のものであるが、この最悪のケースでもSLOCs阻害に対しては自然な限界があることは銘記しておくべきだろう。それは、第1図でも明らかなように主要なシー・レーンはスプラトリー諸島の西側、台湾の東側に設けられているという事実である。つぎの脅威シナリオは、ASEAN地域における重要なSLOCsあるいは海峡に対する機雷封鎖の可能性である。域内のすべての国に関わる経済的利益を考えれば、1984年に紅海で起こったような、いずれかの国があからさまに当該水域に対し機雷敷設を行おうとするシナリオや、かかる行動を支える合理的な理由を見出すことは困難である。また、そのような機雷敷設は、たしかにASEAN諸国沿岸水域や比較的浅いマラッカ海峡などには相当な脅威となるが、スンダ、ロンボク両海峡を取り巻く海流や水深は機雷の効果を局限化するであろう。8以上を要約すると、次のようになる。ASEANおよび北東アジア地域におけるSLOCsに対する軍事的な阻害行動の可能性は現実の懸念といえる。しかし、ある国がそのような挙に出る蓋然性や、それらの行動が船舶による輸送に与える直接的な影響は、予想されるほど深刻なものではないといえる。とはいうものの、SLOCsに対する軍事的な阻害行為(あるいは、阻害を目的とした威嚇行為)がもたらすであろう輸送保険料の増大や迂回航路をとった場合のコスト高自体が、もちろん深刻な問題である。
非軍事的な懸念
SLOCsの安全とアクセスに対する非軍事的な懸念は、自然災害や事故、海賊、そして域内国が管轄権をめぐって設定する規制措置である。東アジア地域における自然災害の最たるものは、年平均9回にわたって南シナ海の一部を襲う台風である。
7 PRC Ministry of Foreign Affairs, Beijing Review, May 8-14, 1995, p.22, quoted in Kenny, p.31.
8 Kenny, p.23.