すなわち、過去に生起したような分離独立運動による内乱が発生すれば、周辺海域への影響は免れない。また、海洋の管理(オーシャン・ガバナンス)能力の低下は、自国の領海内での海賊行為や不法な漁業活動の増加をもたらすであろう。これは、正常な経済活動を阻害してインドネシアの経済発展にマイナスの影響を及ぼすばかりでなく、東南アジアSLOCsの安定的な使用に大きな影響を及ぼす。
このような中で、インドネシアの統一と安定のためのカギとなるのが、インドネシア国軍である。インドネシア国軍は、独立戦争の遂行とその後の国内各地の反乱の鎮圧並びに「9・30事件」後のスハルト体制の確立を通じて、インドネシアの国家的統一を保証し得る唯一の存在となってきた。現在、インドネシア国軍は、本来の国防・治安機能に加えて、社会・政治勢力として広範な機能を果たすべきであるという「二重機能」原則の下に、政治・経済・社会などのあらゆる分野で大きな役割を果している。これは、しばしば軍部主導の権威主義体制と批判されるものの、経済発展のための前提条件である国家の統一と安定のために不可欠なものとして正当化されている。
したがって、インドネシア国軍の主要な役割は、陸軍を中心とした反乱鎮圧などの国内統治の強化にあり、海軍や空軍の地位はこれまで低いままに止まっていた。しかしながら、冷戦の終結や国連海洋法の成立などの新しい情勢の中で、自国の領土的な統一の維持と広大な領海内の資源の保全のために、海・空軍力の強化の必要性が増大した。このことが、90年代におけるF-16の取得や旧東独からの39隻の中古艦艇の購入による海・空軍力の強化となって現れている。
その一方で、1997年に発生した国際通貨危機によって、30年以上にわたるスハルト体制は崩壊し、国内の政治・経済の混乱が続く中で、発注した兵器の契約の破棄や無期限延期も行われている。世界的に重要な東南アジアSLOCsの安定的な使用にとっては、インドネシアの統一と安定並びに健全な経済発展を背景とするオーシャン・ガバナンス能力の向上が望ましい。そこで、この小論では、東南アジアSLOCs安定的な使用とインドネシアの関係について明らかにしてみたい。